一億総活躍社会と働き方改革とは
    《朝日新聞の関連記事》





働き方改革 法改正により労働者に不利益も
非正規雇用は増加傾向 職場での介護費 就労の壁
老後レス時代
残業規制について
非正規公務員の新制度「会計年度任用職員」

全世代型社会保障制度検討会議 中間報告






働き方改革
法改正により労働者に不利益も




「暦通り休みたいなら有給で」
 社員 休める日数減り不満 会社 祝日変動を調整  朝日新聞 2019(令和元)年10月7日

 「ドトールコーヒーショップ」などを展開するドトールコーヒー(東京都渋谷区)が今年から、「会社の休日」を暦の上での祝休日に関わらず「年119日」に固定し、それ以上休みたければ有給休暇を使うよう社員に「奨励」していることがわかりました。今年は改元で暦の上での祝休日が例年よりも多く、有休を使わなければ暦通りに休めないことから、社員から不満の声が出ています。       (榊原謙)

ドトール、祝日の一部「出勤日」に変更
 ドトールはドトール日レスホールディングス(東証1部)傘下で1300店以上を展開する。店舗の7割以上はフランチャイズ出店で、店員は各店のオーナーらが雇っているケースが多い。一方、今回の休日に関するルールがかかるドトールの社員は主に本社などのオフィスや工場、直営店などで働く人たちだ。

年126日程度→119日に
 会社休日に関する変更が全社員に通知されたのは今年2月。「3月1日より、就業規則を変更し、会社休日を年間119日間に固定します」。ある社員はこれに続く文章にあぜんとした。「このため、一部の国民の祝日が出勤日となり、同時に、有給休暇取得奨励日になります」

 これまでは会社休日として土日と祝日、年末年始(12月31日~1月3日)が示され、この社員はほぼ暦通りに休んできた。だが、文書とともに示された3月以降の会社休日カレンダーでは、世間は10連休のゴールデンウィークの4日間や7月の海の日、9月の敬老の日、来年1月の成人の日など8日分の祝休日が「出勤日」となっていた。会社休日を年119日にするためだ。
 これらの「出勤日」を休むためには、会社が[奨励]するように有休を使うしかない。これまでのルールを踏まえれば126~127日程度が休めたはずだけに、社員は「有休も含めた『休める日の総数』が減ることになり、納得できない」と憤る。

 会社は予告通り3月に就業規則を変更した。通知文書で会社は「変更の背景」として、「2019年の新天皇の即位や2020年のオリンピックによる国民の祝日日数変動をコントロールするため」という点を挙げた。
 確かに、19年と20年は例年よりも祝休日が多く、暦通りに社員が働けば勤務日数は例年よりも少なくなる。会社としては業務遂行上、例年並みの日数を社員に働いてほしいと考えた可能性がある。文書によれば「119日」という日数は「これまでの年間会社休日の平均日数」という。

「保育園開いていない」
 文書には「有休残数がない場合」には、世間が休みでも出勤日は「通常出勤となります」との注意書きもあった。「子供の病気などで有休を使い切った末に『出勤日』が回ってきたらどうすればいいのか。祝日は保育園も開いていないのに」。子供を保育園に通わせる共働き世帯の社員たちは頭を抱えていた。

法改正受け 労働者に不利益強いる企業も
 労働者の休日や有休のあり方は、安倍政権が掲げた「働き方改革」に伴う法改正もあり、注目を集めるテーマだ。
 今春から年10日以上の有給が付与される労働者には、年5日の有給を時季を指定して取得させることが使用者に義務づけられた。有給取得率を上げる狙いで、使用者には罰則もある。企業は社員に有休を取らせようと必死だ。

 そんな中、厚生労働省が懸念するのが、就業規則を変えてそれまで休日だった日を労働日にした上で、その日に有休を取得するやり方だ。労働者は今まで何もせずに休めていた日を、有休を使って休まざるを得なくなる。厚労省は「実質的に年次有給休暇の取得の促進につながっておらず、望ましくない」という見解だ。

 違法性はないのか。就業規則の変更自体は難しいことではない。ただ労働者にとっては不利益変更になり得る。佐々木氏(労働問題に詳しい弁護士)は「従来の休日を有休とすり替えることは、改正法の趣旨に反している。裁判で就業規則の変更が無効となれば、有休を取得させていなかったとして企業が罰せられる可能性もある」としている。



休日減らされ有給取得「うちでも」   朝日新聞 2020(令和2)年1月13日
 コーヒーチェーン大手ドトールコーヒーが社員の休日を事実上減らしたうえで、年次有給休暇を使うよう奨励していると報じたところ、読者から「勤務先でも似た手法がとられている」といった反響が相次いで寄せられました。背景には、労働者に有給を取らせることを使用者に義務づけた法改正がありますが、実質的に休める日が増えない手法だけに、国は「望ましくない」としています。       (榊原謙)


有給取得の義務化
 労働基準法の改正などで法制化された働き方改革の柱の一つ
。有給が年10日以上付与される労働者に対して、取得時季を指定して年5日分を確実に取らせることが使用者に義務づけられた。違反すれば罰則もある。有給は原則いつでも自由にとれる労働者の権利だが、日本では職場や上司に遠慮して、消化しきれずに権利が消滅してしまうケースが多い。
 日本の有給取得率は国際的にみても最低水準で、どう取得を促進するかが課題になっている。


残業規制も背景か

 ドトールの対応は、労働者に少なくとも年5日の有休を取らせるよう使用者に義務づける昨春の改正労働基準法の施行をにらんでのものだった。社員向けの説明文書には「働き方改革により新たに義務化される計画有休を取りやすくするため」と明記された。
 関係者によると、背景には労働法改正でやはり昨年4月(中小企業は今年4月)から始まった残業時間の上限規制への対応もあったようだ。最近、暦の上では祝休日が増える傾向にある。加えて残業時間規制まで入れば、稼働時間が足りなくなり、有休取得まで手が回らなくなる。と懸念した可能性がある。

 朝日新聞の取材に親会社のドトール・日レスホールディングス(東証1部上場)は、「労働基準法改正については、弊社のみならず各企業が様々な課題を抱えていると認識しておりますが、幣社といたしましては今後も様々な意見を取り入れ精進していく所存です」(広報)とした。

体験続々 制度骨抜き
 読者からは、有休に絡む体験談が相次いで寄せられた。
 「休みを取る時は、振り替え休日よりも有給を先に使うこと」。西日本の私立高校の教員の女性は、管理職が職場にそんな指示を出したのに驚いたという。生徒の模試の日などは休日でも出勤せざるを得ず、その際には振り替え休日が設定される。それを有休を消化する形で休め、というお達しだった。
 本来ならば振り替え休日も有給もちゃんととれるように、現場の忙しさを少しでも和らげる方策を講じることが管理職の仕事のはず。だが、管理職は「有休を年5日取得してもらわないと、法人として罰金を支払わなければならない」と言うばかり。「こんなやり方が正しいとは思えない。正しいことを教えるはずの学校で、教員が正しいことをしていないと後ろめたさを感じる」と女性は悩む。

 有給取得の義務化は社会福祉法人にも課せられる。ある介護施設の職員は、なかなか取れない有給の取得が義務化されるというニュースに接し、「それまで頑張ろう」と同僚と言いあった。だが、ドトールと同様、就業規則が変わって休日が減り、そこに5日分の有休取得日が設定され、落胆した。「おかしいと思うが、上から目を付けられるのが怖くて何も言えずに従うだけ」という。

 専門家は昨春の制度開始前から、会社が」所定休日を減らし、かわりに有休を取らせることでつじつまを合わせるおそれがあると指摘していた。ドトールの件をきっかけに、制度を骨抜きにする手法が至る所で行われていることが明るみに出た形だ。

「望ましくない」と厚労相が見解
 厚生労働省は有給取得の義務化を説明する冊子で、こうしたやり方について「実質的に年次有給休暇の取得の促進につながっておらず、望ましくない」とする見解を示す。加藤勝信厚労相は「法改正の趣旨からして望ましいものではない。制度改正の趣旨の周知と徹底を図っていく」としているが、国の見解が現場に浸透するかはみえない。





非正規雇用は増加傾向
職場での介護費 就労の壁





「非正規と呼ばないで」その心は
   働き手の呼称 厚労省が方針    朝日新聞 2019(令和元)年10月21日
 厚生労働省が、パートや派遣で働く人を「非正規」と呼ばないよう省内に周知しています。「非正規」という言葉に否定的なイメージがあることなどが理由です。安倍晋三首相も「非正規という言葉を一掃する」と宣言しています。
 実態として非正規雇用は増加傾向で、働き手に占める割合はいまや4割近くに達しています。関係者からは「問題の本質をはぐらかそうとしている」といった批判が出ています。 

(滝沢卓、藤えりか、内藤尚志)

否定的なイメージ/実態は多様
 厚労省の雇用環境・均等局が8月、国会答弁や資料などでは原則、
非正規雇用で働く人を「パートタイム労働者」「有期雇用労働者」「派遣労働者」と雇用形態で呼称するよう文書で省内に周知した。その理由については、都合のいい時間や体力に合わせて働きたい人もいれば、正社員を希望しながらかなわなかった人もいるなど、実態が多様なためだとする。

 厚労省の担当者は「単に『非正規』と呼ぶことで、当事者にマイナスなイメージを生むこともある。『非正規』は雇用方法にかかる言葉だと整理した」と話す。 「非正規」だけとか、「非正規労働者」といった言葉を使わないよう求める一方で、文書では「短いフレーズで総称する必要がある場合、『非正規雇用労働者』という呼称を用いる」とした。

 非正規の呼称はこれまでも議論されており、2011~12年に開かれた厚労省の有識者懇談会では正規・非正規の「二分法は適当でない」と指摘されていた。それにしても、この時期に非正規という言葉を使わないように周知するのはなぜか。まず浮かぶのは、安倍首相が国会答弁で、「非正規という言葉をこの国から一掃する」と繰り返してきたことだ。雇用形態による不合理な待遇差を禁止する「同一労働同一賃金」が20年から順次強化される。国会会議録によると、首相はこの政策を議論する際、16年からこのフレーズを使ってきた。

  <朝日新聞をもとに作成>
非正規雇用をめぐる厚生労働省の周知文書 (概要)
●パート・有期・派遣で働く方は、正社員を希望しながらパート・有期・派遣の働き方を余儀なくされている方(不本意非正規雇用労働者)、都合のよい時間に働きたい、体力に合わせて働きたいなどの理由から選択している方など、実態は多様
●政策を進める上では「非正規雇用」という言葉でひとくくりにするのではなく、働く人の希望に沿った働き方を実現していくことが重要
●今後の国会答弁においては、原則として「パートタイム労働者」「有期雇用労働者」「派遣労働者」という呼称を用いる
●これらを短く総称する必要がある場合には、分かりやすさの観点から「非正規雇用労働者」という呼称を用いるが、「非正規」のみや「非正規労働者」という言葉は用いないよう留意する 

 厚労省の担当課は、今回の周知文書は、同一労働同一賃金や、就職氷河期世代への支援などの強化を踏まえたと説明。「首相の発言を受けて出したものではない」という。
 ただ、12年末の第2次安倍政権発足後、非正規雇用者は約300万人増えて約2100万人にのぼる。SNSでは首相の言葉を引き合いに「言葉だけ一掃」などと皮肉るコメントが相次ぐ。野党からも「非正規雇用の問題自体をないものにしようとしているかのよう」(社民)といった批判が出ている。


言い換えはウソくさい/不安定な立場が問題
 都内の大手ホテルで働く有期契約社員の女性(51)は「マイナスイメージをやわらかい言葉でごまかす印象だ」と憤る。職場ではボーナスも休日数も正社員と異なる。ただ「その割には正社員以上の専門性を求められ、『きみたちは縁の下の力持ち』と言われる。正社員に対して非正規社員がいるのは事実」と語る。

 正社員を経験し、今はアルバイトをしている男性(29)は「自分が非正規と言われたら確かに嫌だ」と話す。ただ「当事者ではなく、政府や経営者が言い換えるとウソくさく感じる」ともいう。
 事務職デパートの女性(41)は「パートも有期も派遣も不安定な働き方。呼称のような細かいことではなく、非正規が企業経営の調整弁になっている事実を変えてほしい」と訴える。

 非正規雇用の問題に詳しい中野麻美弁護士は「非正規で働く人が正社員と同じ仕事をしていても、限られた雇用期間や短い労働時間といった契約の外形によって、正社員と違うという差別的意識が社会で構造化されてきた。『非正規』はその状況を言い当ててきた言葉」と評する。

 政府の同一労働同一賃金について、中野弁護士は「同一性をどう評価するかはあいまいだ」といい、配置転換の有無や責任の度合いなども考慮され、同じ仕事でもすべての待遇をそろえる仕組みにはなっていないと指摘する。「仕事の価値を評価するという課題に踏み込まずに呼称を変えることは、本質的な問題をはぐらかす印象だ」と批判している。



職場での介護費 就労の壁

 重度障害者の支援制度 「経済活動」は対象外  朝日新聞 2019(令和元)年10月23日
 れいわ新撰組の参院議員2人の国会活動などをきっかけに、働く障害者の支援のあり方を見直す動きが進んでいる。就労時も欠かせない介護の費用が、いまは公的負担の対象外になっているためだ。厚生労働省は公的負担も検討しているが、対象者の範囲や事業主負担の有無など、課題は多い。

「れいわ」契機 見直し進む
 れいわ新撰組の舩後(ふなご)靖彦、木村英子の両参院議員は今月10日、重度の身体障害者ら約1万1千人が利用する国の福祉サービス「重度訪問介護」の見直しを求める集会を国会内で開いた。自身も重度障害がある木村氏は、就労時は制度が使えないことに触れ、「重度障害者の社会的障壁」だと指摘。障害者が働き、社会参加できる制度の必要性を訴えた。
 集会に参加した当事者からも、「(制度の不備で)就職をあきらめた。働く権利を奪われた」などの声が上がった。

 厚労省は、就労など「個人の経済活動」を公費で支援するのは賛否があるとして、通勤時や自宅・職場で仕事をする時は重度訪問介護の利用を認めていない。視覚障害者の外出を支援する「同行援護」などの福祉サービスも同様だ。就労時の介護支援は、企業などに障害者雇用を義務づけている障害者雇用促進法などに基づき、事業主の判断に委ねられるとしてきた。

 障害者の雇用促進のための助成制度はあるが、仕事を補助する介助者や手話通訳の配置などは対象になる一方、身体的な介護は対象外。「福祉」と「雇用」、どちらの枠組みでも、介護がいる障害者の就労を支援できていないのが現状だ。
 厚労省は、重度訪問介護を利用する人の就労希望や就労実態などを調査した上で、重度訪問介護だけでなく関係施策の幅広い見直しも含め、できるだけ早く具体策をまとめる方針。同省幹部は「福祉と雇用の切れ目のない支援を目指す」と話す。

 課題の一つになるのが、就労時の介護を公費負担する場合の対象範囲だ。障害の種類・程度の線引きによって必要額は変わる上、財源も、福祉と雇用のどちらの枠組みの事業に位置づけるかによって異なる。事業主の負担の有無や、就労だけでなく通学・就学時の支援についても検討する必要性が指摘されている。

 埼玉県立大の朝日雅也教授(障害者福祉論)は「福祉と雇用のいずれの仕組みも、障害者が介護を受けながら働くことを想定しきれていない。誰もが働きやすい環境を整えなければ、政府が掲げる共生社会の実現や多様性の尊重も、単なるかけ声に終わってしまう」と指摘する。

(久永隆一)

事務所が介護者も雇用  働けば「納税もできる」
 障害者の就労を阻む制度の壁に、現場からも公的支援を求める声が上がる。

 大阪府四条畷市行政書士事務所。車いすに座った柏岡翔太さん(30)は口でパソコンのマウスを操作して、建築業者から依頼された決算関連の文書を作っていた。
 高校時代、ラグビーの練習中に頸髄を損傷。首から下が動かせず、食事や排泄などの介護や呼吸器が必要になった。
当初は「なんで生きてんねやろ」と落ち込んで引きこもり、大学卒業時は、就職したくても受け入れ企業がなかった。
 3年前、柏岡さんの法律職への思いを知った井上明博所長(53)から「うちで働いてみないか」と誘われ、補助スタッフとして勤め始めた。

 家では重度訪問介護を使うが、仕事中は使えない。井上所長は「障害があるからこそ何かを生み出す人材に」と就労を後押しするため、苦肉の策としてもう一人、介護を担えるスタッフを雇った。週2日、一日5時間ほど働く柏岡さんの月給は約4万5千円。加えて介護するスタッフの人件費も事務所が負担する。

 井上所長は「誰でも障害をもつ可能性はある。事業者の対応次第で障害がある人の働く機会が奪われないように、費用は社会全体で負担する必要があるのでは」。
 柏岡さんは「将来は経済的に自立し、一人暮らしをしたい。仕事中も重度訪問介護を利用できれば、職場に負担をかけず、勤務日数を増やせる可能性もある。僕のように重い障害のある人が働きたくても働けない壁になっている制度を見直してほしい」と話す。

 一方、脊髄性筋萎縮症で24時間の重度訪問介護が必要な静岡県富士市の和田彩起子さん(24)は、障害者のための民間団体「自立生活センター富士」に週3日、ヘルパーに付き添われて通い、ボランティアで相談対応などをしている。夢は、有給スタッフとして「働く」こと。
 センター側も「経験を生かして戦力に」と期待するが、介護費用の負担は厳しく、和田さんは「今の制度ではボランティアとしてしか続けられない」と訴える。「働けば納税もできる。自分の能力を生かし、給料をもらって暮らすという当たり前の生活をしたいだけ。誰もが社会参加できるようにしてほしい」


  
朝日新聞をもとに作成
重度訪問介護サービスとは 
対 象   重度の身体・知的・精神障害者 
自己負担   最大1割、上限は月3万7200円 

支援内容 
 居宅での入浴・排泄・食事などの介護、調理・洗濯・掃除などの家事、その他生活全般の援助
 買い物や通院などのための外出時の介護

 
通勤・営業活動等の経済活動にかかる外出、通年かつ長期にわたる外出などを除

(森本美紀)


就労支援の拡充 今秋にも
 
厚労省案 重度障害者 助成引き上げ  朝日新聞 2020(令和2)年2月15日
 厚生労働省は14日、重い障害がある人の就労を支援するため、職場で介助する人などを用意した企業への助成率を引き上げる案を労働政策審議会の分科会に示した。異論が出なかったため、今年10月から実施される見通しだ。
 重度障害者の就労支援をめぐっては、昨夏の参院選でれいわ新選組の舩後靖彦氏と木村英子氏が当選。重度の身体障害がある2人の国会活動をきっかけに政府内の議論が進んでいる。

 今回、助成金を増やす対象は、国の福祉サービス「重度訪問介護」などを利用する障害者を雇った企業。現在、障害者の介助者を手配した企業には費用の原則4分の3を助成する制度がある。これを拡充し、重度訪問介護の利用者を雇った企業が介助者を外部から用意した場合、助成比率を原則5分の4(中小企業は10分の9)まで引き上げる。重度障害者が、私生活で利用するサービス事業者を職場の介助でも利用しやすくするため、事業者と企業をつなぐしくみも整える。

 重度訪問介護は、食事やトイレといった生活全般の介護費の大半を公費でまかなうしくみだが、利用は私生活に限られ、通勤を含めて働く時は対象外だ。「個人の経済活動の公費支援には、異論もある」(厚労相)ためだとされるが、事実上、「就労の壁」になってきた。

(滝沢卓)







老後レス時代



〈1〉
71歳 働くしかない
生活困窮しハローワークへ「選べる仕事ない」  朝日新聞 2019(令和元)年11月10日(1面)
 71歳。東京都板橋区の家賃月3万円のアパートに65歳の妻と2人暮らし。昨年まで20年間バスの運転手として勤務したが、運転に不安を感じるようになり辞めた。月7万円の年金と妻がスーパーのレジ打ちのパートで稼ぐ数万円でやりくりする。食事の回数を減らすほど生活費はぎりぎりに。数カ月前から通うハローワークの求人は倉庫での軽作業などが中心で、運転手のときに比べ、収入は大きく下がった。
 「まさかこの年まで働かないといけないなんて。70歳を過ぎると選べる仕事なんてもうないですよ」。男性はそう話した。

 厚生労働省によると、2018年にハローワークで新たに登録した65歳以上の求職者は約54万人。その10年前(08年)の約23万人の2.3倍にあたり、年々増える傾向にある。
 「65歳を超えて働きたい。8割の方がそう願っておられます」安倍晋三首相は10月4日の臨時国会冒頭の所信表明演説でこう述べた。ネットでは「働かなきゃ食えないんだよ」「大半の人は『働きたい』じゃなくて、『働かざるを得ない』ですよね」という反応が出た。

 労働政策研究所・研修機構の調査(15年発表)で「60代が働いた最も主要な理由」は「経済上の理由」が最も多く、約58%を占めた。高齢でも生活のために働かざるをえない。そんな人たちの受け皿になっている業種がある。警備員の仕事もその一つだ。

 高齢になっても働くのが当たり前――。そんな時代の足音がひたひたと聞こえる。定年や年金受給がどんどん後ろにずれ、私たちの人生から「老後」という時間が消えていくのか。「老後レス時代」の生き方を考える。

(鎌田悠、編集委員・浜田陽太郎)



豪雨でも炎天下でも「働く場所があるのは救い」
73歳警備員 年金は夫婦合わせて月6万円   
朝日新聞 2019(令和元)年11月10日(2面)
 働きたくとも、想定外のことが起きうる。東京都狛江市で一人暮らしをする小西雅昭さん(71)は近く、生活保護を受け始める。2年前、約240万円あった貯金は、ほぼ底をついた。80歳まで働き、1千万円ためれば老後は何とかなるんじゃない――。そう思い描いたライフプランが崩れたのは突然だった。
 警備員として働いていた2017年10月30日午前8時、横浜市内の工事現場で朝礼の最中、座り込んだ。立ち上がろうとして倒れ、そのまま病院に救急搬送された。くも膜下出血と診断。5カ月間の入院後、自宅に戻ったが、左半身にまひが残り歩くことも不自由だ。働きたいけれど働けない。大誤算だった。

 1973年のオイルショックのさなかに都内の中堅私立大学を卒業。会社員として営業などの仕事をしていたが、33歳以降はずっと非正規労働者として働いていた。日本を代表する大手メーカーの工場勤務をいくつも経験した。「60歳になると作業員として雇ってくれない」。警備員として働くことが増えた。
 最後の職場では勤務も安定し、貯金もできるようになった。健康には自身があった。自分なりの老後を描き始めたころを襲った突然の病…。倒れた時に会社で健康保険に入っていたことは救いだった。「社会保険料を払うのはムダ」という考え方だったが、今は反省している。

(編集委員・浜田陽太郎)


視/
 人生の夕暮れ安心して過ごすために

(抜粋) 
 日本の人口はピークを過ぎて減り続け、高齢化率は20年後に35%、40年後に40%に迫る。働く世代に支えられる高齢者や子ども、いわゆる従属人口が国民の半数近くになって労働力が不足し、総収入が減り、モノが売れなくなる。税収が落ち込み、社会保障の持続可能性が危機に瀕する。

 団塊ジュニアという人口の塊が高齢世代入りする2040年、日本は最大の危機を迎え、先進国から滑り落ちる恐れも現実味を帯びる。どの政党が政権を担当しようと必ず破裂する時限装置である。この難題を解く切り札を、私たちは持っているだろうか。
 「それは高齢者自身です」と国立社会保障・人口問題研究所副所長の金子隆一・明治大学特任教授は言う。「支えられる側を減らすには、年齢で一律に高齢者を切り分けず、だれもが持てる力を発揮する全員参加社会を目指すべきです」

 人生100年時代、個人の生涯を考えると、健康で意欲がある人生を重ねても現役を続ける方が理にかなう。日本社会の持続可能性という視点に立っても、高齢者も可能な限り、「支える側」に回ることが求められる。
 折しも安倍政権は、全世代型社会保障の柱に「70歳までの就業機会の確保」を掲げている。これは私たちすべてが自分ごととして考えるべきことだろう。
 だが、ここで心に留めなければならないのは、生きた高齢者、決して労働力という数字だけでは語れないということだ。現役に近い働き方ができる人から、手厚い介護が必要な人まで、人生後半には多様な生の形がある。もし高齢者にも自己責任が課され、「働かざるもの食うべからず」の強迫に追い立てられるとしたら、それは暗黒の未来である。
 
 単線のレールに全員が乗り、一定の年齢で同時に降りるような「老後」は消えていく。まちまちの心と体を抱える高齢者すべてが人生の夕暮れを安心して過ごせる社会とは、どのようなものだろうか。「老後レス時代」の到来を前に考えたい。

(編集委員・真鍋弘樹)




記者解説commentary 老後レス時代の生き方 朝日新聞 2020(令和2)年2月24日

「支え合い」が前提 働けばメリットも 健康や経済不安に公助を
編集委員 真鍋弘樹(54)

 いったい何歳まで働けばいいのか……。
 高齢で働くことは必ずしも悪い話ではないのかもしれない。千葉県柏市と東京大学などは、約10年前から超高齢化社会のまちづくり研究に取り組んでいる。その一環で地元市民に聞き取り調査をしたところ、高齢者の希望として「働く場が欲しい」という声が群を抜いて多かったという。
 働くことは家に閉じこもりがちな高齢者に明確な外出の目的を与え、活動の場が有意に広がるなど、健康に良い効果のあることが判明したのだ。

 単身高齢者は増え続けている。65歳以上の男性に占める未婚者の割合は2040年に約15%になると推計される。孤独死が社会問題化している今、「職場に行けば仲間がいるというのは大切なこと。高齢になっても働き続けられるようにすることは貧困と孤立の両方を減らす効果がある」とみずほ情報総研の藤森克彦主席研究員も語る。

 少子化によって若者が減り、高齢者の激増が避けられない日本では、働き手1人で、ほぼ高齢者1人を支えなければならない時代が数十年後に到来する。これは、どの政党が政権を担っても変わらない日本の宿命である。やせ細る将来世代が担う荷を軽くするには、「高齢者の定義」を変えるしかないと考える専門家は多い。

 日本老年医学会によると、今の高齢者は過去と比べて身体や心理機能の老化の始まりが5~10年遅く、若返り現象がみられるという。将来、仮に80歳以上を高齢者とした場合、現役世代1人で何人を支えるかを示す「従属人口指数」は高度経済成長期と変わらなくなるという試算もある。年を重ねても働き続ける選択は、自分自身のみならず、この国に希望をもたらす――。
 いや、ちょっと待った。社会のためのと言われても、病や老化で働けない人や、生活のために働かざるを得ない人だっているじゃないか、と。

 その通り、65歳以上の心身の状態はまちまちで、若者並みに働ける人もいれば、介護が必要な人もいる。加えて、これから高齢化を迎える世代には、就職氷河期に社会に出て、今も非正規雇用や低賃金を余儀なくされている人たちが多く含まれている。40年ごろに65歳を超す団塊ジュニアは、まさにこのロスジェネ世代にあたる。
 健康面で支えが必要な高齢者や、経済的な困難を抱えた人たちも一緒くたにして、「老後に働くのは当然」とばかり自己責任の論理を押しつける。そんな未来は、悪夢である。

 人生後半の不安を取り除くセーフティーネットがなければ、喜ぶべきはずの長寿は最大のリスクとなる。働くという「自助」に、社会保障の「公助」を組み合わせ、網から抜け落ちる人を減らすにはどうしたらいいか。
 「高齢になって働く」という選択は「支え合いの安心」があってこそ。その前提を、社会で共有したい。


繰り下げ受給が鍵  備えで年金中継ぎ  医療費 国の財源確保課題
編集委員  浜田陽太郎(53)

 少子化による労働人口の減少を補うため、高齢者も働かないと社会が立ちゆかない時代に入った。実際、年をとっても「働きたい」と思う人が多いことは、日本社会にとって福音だ。
 「人生100年」時代、安心感を持つために個人の自助努力と社会保障制度を「ベストミックス」させるにはどうすればいいか。参考になるのが「WPP」という考え方だ。

 まず、働けるうちは長く働く(work longer)。私的年金(private pension)が中継ぎし、最後は公的年金(public pension)で締める。年金の制度と実務に詳しい谷内陽一さん(第一生命)が考案したキャッチフレーズで、2018年の日本年金学会で発表した。
 締めは、国が終身の受け取りを保障する公的年金だが、受け取りをなるべく遅くするのがカギだ。

 公的年金の受給開始時期は、個人が60歳から70歳の間で自由に選べる。早く受け取る「繰り上げ」受給をすると年金額は減る。遅くする「繰り下げ」だと増え、70歳からだと約4割増しになる。その分、安心感は増す。国はさらに75歳まで受給開始を待てるようにする方針だ。
 疑心暗鬼になる人もいるだろう。たとえば「早く死んだら受け取る総額が少なくなって後悔する」というもの。これには年金相談の現場から生まれた「格言」がある、と谷内さん。「繰り上げて後悔するのはこの世、繰り下げて後悔するのはあの世です」

 早めに減額された年金をもらい始めると、予想以上に長生きしたときに後悔する。受け取りを遅らせて年金を増額すれば、早死にしても後悔するのはあの世に行ってから。経済的な苦しさを味わうのは「少ない年金しかない繰り上げ受給で長生きした場合」だ。
 「繰り下げの勧めは給付をケチりたい政府の陰謀だ」というのは誤解。どの年齢からの受給を選んでも、65歳からの平均余命を生きた場合の受取総額が変わらないよう減額・増額率が決まっているからだ。

 週刊誌などでよく「損得論」が特集されるが、公的年金が「長生きに伴う資産枯渇リスク」に備える保険という考えに立てば、終身の保障を厚くする「繰り下げ受給」が安心感を高めるメリットはもっと知られていい。
 しかし、こうした準備をしてもなお、不安は残るだろう。高齢者の「将来の不安」を聞くと、「健康や病気のこと」という回答が最も多い。年をとれば体に不具合が出やすく、後期高齢者の年間医療費は約92万円と、65歳未満の5倍近い。窓口負担割合を引き上げれば、支払う実額は大きく増える。

 はしご受診や多剤服用などムダはなくさないといけないが、収入を増やすのが難しい高齢者の自己負担を上げ続ければ不安は増幅する。税や保険料の財源確保は喫緊の課題だ。負担増を国民に説得する姿勢は現政権に感じられないが、それでは「老後レス時代」の安心が得られない、と私は思う。



〈2〉 

動けぬ「会社の妖精さん」  朝日新聞 2019(令和元)年11月12日
 日本を代表する大手メーカーを数年前に辞めた元社員の女性(34)はこう証言した。会社に「妖精さん」がいた――。その実態は、メーカーに勤める50代後半で、働いていないように見える男性たち。朝の数時間しか姿を見せないので、若手の間で「妖精さん」と呼んでいる。1970年代以降に採用され、工場勤務。海外への工場移転や新しい機械の導入で、50歳を過ぎて事務部門に配置転換されたという。
 社内では、パソコンは「人さし指の一本指打法」で、仕事もないのに「エア残業」しているとの批判もあった。かつてがむしゃらに働き、日本の製造業が強い時代を支えた人たちだ。「仕事へのやる気もなく、ただ定年を待つだけに見える。会社は解雇もできず、他に移すポジションもない。若手はストレスがたまる」

年功雇用の限界
 総務省の統計によると、65歳以上の高齢者の就業者数は08年に553万人だったが、18年には862万人に増加した。65歳以上の就業率も19.7%から24.3%に上がっている。
 長く働くのはひとつの選択肢だが、意欲的に仕事を続けられるか。中高年の働き方について、(人材開発が専門の立教大学教授の)中原淳さん(44)はこう話す。「会社に残るか、賃金が下がってもやりたい仕事をするか。自分で自分の将来を決断することが必要です」

(真海喬生)

やりがい優先 人生変えた
 会社の「ホステージ」にならず、外に出る決断をすれば収入は大きく減る可能性が高い。
 労働政策研究・研修機構(JILPT)の研究所長、濱田桂一郎さんは「年齢に基づく雇用システムは持続可能ではない。さりとて、日本で年齢にもとづかない雇用システムをつくるのは簡単ではない」と話す。欧州では手厚い公的支援のある教育費、住宅費などが、日本では年功的な賃金でまかなわれてきたことが大きい。




〈3〉
想定されない女性たち  朝日新聞 2019(令和元)年11月13日
 神奈川県に住むナオさん(35)は大学進学後、友人たちと関係をうまく築けず、退学した。時給900円ほどのアルバイトで未明まで居酒屋で働きながら、医療事務の職業訓練校に通ったが、体調を崩した。自宅に引きこもった。一日中、部屋から出られず、音楽を聴いたり、本を読んだりして何年も過ごした。

 30代になり、引きこもりを脱してからは、実家を出て非常勤の仕事を掛け持ちし、生計を立てている。今は毎日が充実しているが、数十年先の老後のことを思うと怖くてたまらない。将来のために資格を取りたくても、現在の収入だと学費を出すのは難しい。
 「努力したくてもできなかった人は私以外にも多いはず。高齢になったら生活保護しかないのですか。レールから一度外れると、ずっと落ちこぼれ人生なのでしょうか」

将来が後回し
 ナオさんが再び働き始めるきっかけとなったのは、横浜市の男女共同参画推進協会が主催する「ガールズ講座」に通ったことだった。生きづらさに悩み、仕事をしていない15歳から39歳のシングル女性を対象に、安心感や自己肯定感を培って就業につなげる。
 「婚活と就活のはざまに落ち込み、親が老いたら介護を押しつけられ、自分の将来が後回しになる女性たちが増えています」と同協会男女共同参画センター横浜南の小園弥生館長(58)は言う。

 昭和の日本では、女性たちの多くが家庭に入り、夫が稼ぎ手となった。平成以降、家族観が多様化したにもかかわらず、単身女性を支える仕組みはない。総務省の18年の労働力調査によると、雇用者のうちの非正規労働者の割合は男性が22%なのに対し、女性は56%。非正規労働者の約7割を女性が占めている。

非正規から抜け出せない
 1990年代後半から2000年代半ば、就職氷河期に社会に出たロスト・ジェネレーションの女性たちも老後に憂いを抱える。契約社員のシングル女性(43)は、いつも昼食以外は席を外さず、給湯室でお茶をする暇もない。それだけ根を詰めて働いても、現在の年収は280万円ほどだ。

 大企業に勤める父と、社内結婚で専業主婦となった母、子2人の「標準家族」に育った。中堅大学に進学して就職活動をしたのが、就職氷河期の1999年。100社以上の企業に資料請求のはがきを送ったが、面接に進んだのは2割ほどで、すべて不採用だった。
 父の知人の紹介で中堅企業の正社員になったが、そこは女性に補佐的な仕事しかさせない職場だった。能力をもっと高めたくて3年半で辞職した。その後、簿記や社会保険労務士などの資格の勉強をしながら、派遣や契約社員を中心に転職を重ねたが、待遇や労働条件は逆に悪くなった。

人件費削られ
 働いた企業の多くでは、事務職を非正規職員に置き換えて人件費を削っていた。そんな職場には決まってロスジェネ世代の非正規女性たちが大勢いた。65歳以降にもらえる年金を試算すると、現時点で月6万円程度、今後も同様に働いて10万円ほど。「老後を年金だけで暮らすのは不可能です。長く働き続けるしかありませんが、体力も落ちる。私たちの世代は努力がまるで報われない」

 非正規シングル女性を対象に横浜市男女共同参画推進協会などが実施したウェブアンケートでは、約83%が「老後の生活」に不安を感じていた。「退職金もなく将来生きていくのであれば生活保護しかない。安楽死施設を開設してほしい」と30代の女性は回答した。
 調査を担当した白藤香織さん(50)は多くの女性たちの声を聞いた。「いつまで働き続けられるのか、老後にどれほど貯蓄が必要なのか、誰も教えてくれない。非正規シングルの女性たちは、社会から想定されていない人たちなのです」

 国際医療福祉大学の稲垣誠一教授によると、未婚・離別のシングル女性は、2050年には高齢女性の3割近く、約583万人に達し、その約45%が生活保護レベルの貧困に陥ると推計されるという。
 「親と同居の女性は、死別後に困窮する。結婚で仕事を辞めた女性は離婚すると非正規で働くことが多い。貯蓄が少ないと80代、90代までもちません」
 「想定されていない」人たちもいずれは高齢化し、支えが必要となる。非正規雇用で低コスト労働力に甘んじてきた女性たちの老後に、日本社会は遠からず向き合うことになる。

(編集委員・真鍋弘樹)



〈4〉
働くと生きるは離せない  朝日新聞 2019(令和元)年11月14日
 鎌田勝治さん(78)は2年前から千葉県柏市の特別養護老人ホームで週2日ほど働いていた。月収は約6万円、掃除や草刈りなど何でもこなした。16歳から靴職人として働き、70代で退職した。生活費に困っているわけではない。では、なぜ働くのか。

 「今までと勝手が違い、もやもやして体がなまっちまってね」。柏市生涯現役促進協議会の高齢者就労セミナーに参加し、そこで見つけたのがこの職だった。今年2月胃がんが見つかった。抗がん剤を投与され、副作用で体がだるい。それでも働き続けたのは、家にいると余計なことを考えてしまうから、という。「今は元気に働いています。いや、働いているから元気なのかな」
 取材後、鎌田さんは体調を崩し、10月下旬に他界。亡くなる直前まで働き続けた夫について、「私が止めても、本当に楽しみにしてました」と妻のタカ子さん(75)は話す。

 柏市は高齢者就労の先進地域の一つだ。東京への通勤圏で団塊世代の住民が多く、急速に高齢化が進んだ。そんな条件に注目し、約10年前に東京大学高齢社会総合研究機構、都市再生機構(UR都市機構)と市が、高齢者の「生きがい就労」を社会実験として進めた。報告書は指摘する。「働きに出ることは最も長年慣れ親しんだライフスタイル」就労の場では明確な自分の役割が与えられる」

年金十分あるが
 定年まで勤め上げた多くのサラリーマンにとって、心休まるのはやはり、「働く」ときなのだろうか。
 安倍晋三首相が議長を務める全世代型社会保障検討会議のメンバー、清家篤・前慶應義塾長は語る。「高齢者の就労は社会全体の持続可能性を保ち、人手不足の企業を救うだけでなく、個人も健康と働きがい、充足感を得られる。『三方良し』です」

 地元建設会社で働く星野孝治さん(69)もまた、柏市の生涯現役促進協議会を通じて働き始めた一人だ。現役時代、外資系の石油元売り企業に勤め、十分な年金をもらっている。
 「家にずっといると落ち着かないんです。私が四六時中家にいると、妻もね」今の職場では最年長だが、掃除や電話取り、資料整理などの雑用をする。時給は900円ほどだ。同世代の男性たちに同じ働き方を勧めますか、と聞くと、首を振った。「うーん、働く必要もないのに働くという人は、やはり少ないのでは」

(編集委員・真鍋弘樹)


稼ぐ意欲引き出す葉っぱ
 働く気のない高齢者に、やる気をどう引き出すか。それに成功したのが、「葉っぱビジネス」として全国に知られる徳島県上勝町だ。
 西蔭幸代さん(82)は自宅でパソコンに添える手に力を入れた。画面には料理に添えられる葉、「つまもの」の注文が並ぶ。

 午前8時、お目当ての「はすいも葉(小)30枚」のボタンを必死にクリックし続けた。だが、画面には「ざんねん」の文字が。町内の誰かが、一足早く取ってしまったのだ。気を取り直して操作すると、次は「受注おめでとう」の文字。雨でも雪でも山に採りにいく。生い茂るハスを分け入り、1枚100円の葉を30枚採取して箱詰めした。

 西蔭さんは農協の「彩(いろどり)部会」(158世帯)の一員だ。「つまもの界のアマゾン」とでも言うべきシステムで年間2億6千万円を売り上げる。主力は女性で、平均年齢70歳。売り上げが1千万円を超える農家もある。過疎化と高齢化で活気を失った町が大成功を収め、映画化された。
 視察に訪れた他県の農協職員は「おばあちゃんの欲を引き出す仕組みがすごい」と感嘆する。パソコンを操作しなければ参加できず、お年寄りの「稼ぎたい」という欲をテコに学習と勤労の意欲を引き出す。

換算できぬ何か
 働けば本人の生きがいと健康の双方が得られる。事業を立ち上げた横石知二さん(61)は、それを「産業福祉」と表現する。現実には、高齢化が進む同町の要介護認定率は高い。ただ高齢者の就労は売り上げや医療・介護費には換算できない「何か」をもたらしている。
 田村利一さん(88)夫妻は、葉っぱビジネスで400万円近い収入がある。妻のトモエさん(80)は13年前、脳梗塞で半身不随となった。利一さんの献身的な介護で在宅で暮らしてきたが、最近はディサービスなどもうまく使う。「家できついのは妻を風呂に入れること。妻が泊りのショートスティに行くと、一晩ゆっくり寝られて助かる」

 住み慣れた家で暮らし、介護する側が疲弊しきるのを避ける。人生後半を過ごす夫婦の一つの理想のように思える。「この仕事がなかったら、もっと早く死んでいたかもしれんな」と利一さんは漏らした。
 大都市近郊で、過疎と高齢化の町で、高齢者たちは今日も働き続けている。「老後レス」の可能性を問いながら。


(編集委員・浜田陽太郎)=終わり





シニア雇用 二つの課題 [上]職場環境  朝日新聞2021(令和3)年1月25日 
体に配慮 作業しやすさ追求 
 いくつになっても働き続けたい。そう思っても、年を重ねると体の衰えは避けられません。わずかな段差でつまずいたり、若いころは見えた物がぼやけたり。仕事中のけががへの不安は、働き手だけでなく雇い主も抱える悩みです。「社員の3割が60歳以上」という中小企業が、こうした課題に立ち向かうべく、地道な工夫を重ねています。

負担減らす特注機器や転倒対策
 千葉県南房総市に本社を置く縫製メーカーのグロリアは、主に警察官らの官公庁の制服を年17万着ほどつくる。4年前までは60歳が定年で、希望者は1年契約を更新しながら原則65歳まで再雇用していた。少子高齢化で、次の担い手を求めて求人を出しても、応募してくる人は少ない。熟練した技術を持つシニア社員には、できるだけ長く残ってもらう必要性を感じていた。
 社長の選んだ選択肢は、定年廃止だった。「何歳まで続けてもいいんだということにして、結果的に多くの社員が残ってくれた」と振り返る。

 定年廃止の前後から力を入れたのが、高齢の社員が働き続けるための環境づくりだ。縫製は、手元の細かい作業が多い。これまでは希望者にだけ支給していた、手元を明るくする小型ライトを、ミシンなどすべての縫製用機械に取り付けた。高齢者の負担を軽くする機器もオーダーメイドで開発した。黒や紺など濃い色の糸を使う製品は、できるだけ受けないようにしている。けがの防止にも神経をとがらせている。工場に入る通用口の段差には、つまずかないようにスロープを設置。製品を楽に運べるように、キャスター付きの台も至るところに配置している。
 休憩時間も増やした。1日の所定労働時間は、以前より15分短い7時間半なった。それでも「生産性が落ちたとは感じない。縫製の基本である手作業を、精度を保ちながら、高齢社員にとっていかに楽にしていけるかが重要」。今後も試行錯誤を続けるつもりだ。

労災増加 サポート不可欠
 厚生労働省によると、2019年の労災死傷者(休業4日以上、通勤災害などは除く)は約12万5千人。「転倒」や「墜落・転落」が目立つ。60歳以上は年々増加しており、19年は26.8%を占めた。製造業だけでなく、シニアが最前線で働くことが多くなった小売業や飲食業でも目立っている。
 65~69歳の働き手1千人あたりの労災発生件数は、男性が3.89件、女性が3.94件。男性は最も低い25~29歳の約2倍。女性は最も低い30~34歳の約4.8倍だった。こうした現状を改善しようと、厚労省は20年3月、高齢の働き手の安全や健康を確保するためのガイドラインを公表した。


(滝沢卓)

厚生労働省

高齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)
~高年齢労働者が安心して安全に働ける職場環境づくりや労働災害防止のための健康づくりを~

 令和3年4月から高齢者の働き方をめぐるルールが変わります。今も会社は希望者を65歳まで雇う義務がありますが、さらに70歳まで仕事を確保する努力が求められます。



シニア雇用 二つの課題 [下]待遇  朝日新聞2021(令和3)年2月1日 
定年後 同じ仕事でも下がる賃金
 定年後再雇用になるだけで給料が減る。そんな制度に納得がいかないまま働き続けるシニアが増えています。会社側の説明に反発して、裁判になる例も出ています。

年収2割減「やりきれぬ」裁判へ
 「やる仕事は変わらない。自分の能力が衰えたわけでもない。それなのに、給料が一気に下がって……」 愛知県内の60代男性は、昨年まで勤めていた技術者派遣会社との攻防を振り返る。


 男性は定年当時、大手メーカーに派遣されていた。専門知識を評価され、定年後も同じ派遣先で働き続けることが決まっていた。定年後、同じ派遣会社に再雇用された。だが「限定社員」という位置づけと説明された。時給制に変わり、ボーナスはなくなる。年収は2割ほど下がりそうだった。会社に「派遣先でやる仕事は変わらないのに」と問いただしても、定年後の再雇用であることを理由に、「合理的」だと言われるばかり。裁判所に労働審判も申し立てたが、会社側との見解の違いは埋まらず、訴訟に移った。

 今年1月、訴訟の判決が出た。裁判所は再雇用後に年収が24%下がったことは認めたものの、著しい生活水準の低下はもたらさないなどの理由で「不当とはいえない」と判断した。「再雇用なら収入源は当然だというのか」。男性は納得できず、控訴を決めた。

「支え手」の活躍守る対策を
 定年後も再雇用される人が増えたのは、2013年に改正高年齢者雇用安定法が施行され、65歳までの雇用が義務づけられたからだ。会社側は「定年廃止」「定年延長」「定年後の再雇用」のどれかを選んで希望者を雇い続けないといけない。
 厚生労働省によると8割が再雇用を選んでいる。労働政策研究・研修機構の19年の調査では、55歳時と同じ会社に再雇用された60~69歳の8割は定年前より賃金が減っていた。

 一方、大幅な賃下げが裁判で不当だと判断される例も出ている。名古屋地裁は20年10月、「「基本給と賞与が定年退職時の60%を下回るのは不合理」だとして、定年前の賃金との差額などを求めた男性2人の訴えを認めた。

 今年4月には、再改正された高年齢雇用安定法が施行される。会社側は、働き続けたい人には70歳まで仕事の場を確保する必要が出てくる。新たに「他社への再就職」や、個人事業主として仕事の契約を結ぶ「業務委託」、「社会貢献事業」(有償)といった選択肢が加わる。
 会社側に配慮して、よりコストを抑えられる選択肢も加わっており、働き手の待遇は悪化しかねない。当面は「努力義務」だが、19年の国の成長戦略で、いずれは義務化を検討するとされた。

 国が「生涯現役社会」に前のめりなのは、少子高齢化による人手不足や社会保障費の増加が深刻になっているからだ。元気なシニアにはなるべく社会の「支え手」に回ってもらわないと、経済や社会保障が立ちゆかなくなるという危機感がある。
 だが、年を重ねれば体力や意欲などの個人差も大きくなる。暮らすために働き続けないといけない人もいる。多様なシニアに、それぞれに見合った仕事と待遇を用意できるのか。国や雇い手に一方的に都合のいい「活躍」を強いられるようなら、今後もトラブルは多発しかねない。


(内藤尚志、志村亮、滝沢卓)








残業規制について
 


残業規制 終わらぬ仕事は「退勤」後   朝日新聞 2019(令和元)年11月25日
 多くの企業が「働き方改革」を進めています。今年4月に関連法が施行され、まずは大企業を対象に残業時間に罰則付きの上限規制が設けられましたが、終わらない仕事を「サービス残業」でこなしている社員も少なくないようです。    (平井恵美)

オフィス消灯 続きは深夜のファミレス
 深夜1時過ぎ、酔客もまばらになった東京都内の繁華街。その一角にあるファミリーレストランで、40代の男性会社員がパソコンに向かっていた。男性は広告業界で働く。この業界では、2015年に電通で起きた新入社員の過労自殺をきっかけに各社が働き方改革を推進。オフィスは午後10時には消灯するようになった。
 だが、今でも夕方以降に「明日までにやって欲しい」と案件が持ち込まれることがある。週1~2回は午後10時に退勤後、資料の分析や企画書の作成をファミレスに持ち込む。仕事の多い時は午前2時半ごろまでかかることもある。

 男性は「残業時間だけ規制されても、前年より売り上げ増を求められるし、仕事は終わらない。短いい時間でいかに成果をあげるのか、という議論が社内ではない」と話す。勤務表上、4月以降の残業は月45時間までに収めているが、実際はそれより20時間程度多く働いている。残業代が減り、以前より外食や旅行を控えるようになった。ある上司には「みんな社外で仕事をやっている」と言われた。「深夜残業を規制するだけでは問題は解決しない。会社の働き方改革は一体、だれのためなのか。法律違反にさえならなければいいと考えているのではないか」と首をかしげた。

 
労働時間 少なく申告
 「残業しづらい雰囲気にはなったが、私の場合は2~3年前と比べて労働時間は減っていない」
 都内のIT企業でシステム開発のプロジェクトリーダーを務める40代の男性はこう話す。働き方改革に積極的だとしてメディアにも登場したこの会社では、午後10時以降の残業は原則禁止だ。

 だが、男性はよく会社に居残り、勤務表に実態とは異なる数字を入力して労働時間を少なく見せている。午後11時まで続けていたら、1時間の休憩をはさんだように見せたり、午後10時に退勤を登録してから、社内でそのまま仕事を続けたりしているという。男性は「裁量労働制」で働いている。

 裁量労働制とは、実際に働いた時間にかかわらず、あらかじめ定めた一定時間(みなし時間)を働いたとみなして残業代込みの賃金が支払われる制度だ。労働者が自分の裁量で自由に働けるとされる一方、みなし時間だけ働いたことになるため、経営者が残業代を抑えるために悪用したり、残業時間の上限規制の抜け道に使われたりする恐れもある。

 このため、裁量時間制が適用できる業種は限られ、仕事の進め方や時間配分に裁量権のある労働者にしか適用できないが、男性は自身の働き方について「裁量はない」と言い切る。会社の働き方改革も「実態が見えづらくなっただけではないか。仕事量も以前と変わらない。実情は会社で隠れて残業したり、自宅に持ち帰ったりしているだけだ」と話す。

 裁量労働制でも、法定休日や深夜に働いたら割増賃金が支払われる決まりだ。男性によると、ここ数カ月の勤務表には月45~60時間の残業が登録されているが、実際に社内で働いたのはそれより10~20時間は多い。休日や深夜に働くには、その理由や代休の予定などを上司に事前申請することが必要だが、男性は手続きをしていない。「仕事に追われているので、少しでも面倒な手間は減らしたい」からだという。

 同じ会社で別のプロジェクトを率いる30代男性は「客から短期納期を求められ、自分たちだけで働き方を変えるのは難しい」とこぼす。
 プロジェクトは、人件費が定時退社を前提に見積もられた金額で受注する。この男性は「働けば働くほど採算が悪化する。一方で社員を評価する項目は、プロジェクトと残業抑制の両方なので、社員は隠れて残業する。見積もりの段階でもっとバッファー(余裕)を積めばいいのだが、契約を取ることが優先されて許されない」と明かす。


 残業時間の上限規制
 労働基準法が定める労働時間は、原則1日8時間、週40時間だが、従来は労使協定(36協定=「さぶろくきょうてい」という。)を結べば事実上は残業時間を青天井にできた。しかし、今年(2019年)4月からは大企業に残業時間の罰則付き上限規制が導入された。中小企業は来年(2020年)4月から導入。上限を原則月45時間、年360時間と限定。繁忙期など特別な理由があって労使が合意する場合でも「月45時間を超えるのは年6カ月まで」とし、休日労働を含めて「月100時間未満」、「2~6カ月平均で月80時間以内」などと上限を設けた。

会社は「働き方改革」でも5割は「実態変わらず」

 人材サービス会社エン・ジャパンが昨年2月、転職サイト「エン転職」に登録する社会人を対象に働き方改革に関するアンケートを実施したところ、回答者6768人の約4割が在籍企業が改革に取り組んでいるとした。ただ、そのうち自分の働き方が「変わった」との回答は約2割で、半数は「変わらない」と答えた。

 「変わらない」「どちらとも言えない」と答えた理由で最も多かったのは「制度や仕組みが現場の実態に合っていない」。次が「仕事の量が多い」だった。エン転職の岡田康豊編集長は「業務の見直しもせずに『早く帰れ、ただし成果は出せ』というだけでは社員が疲弊するだけ」と話す。
 改革を成功させるカギは「現場で計画を実行する課長クラス以上の意識を変えること」だ指摘。「過去の成功体験を引きずり、短い時間でいかに成果を出すかについて、部下を指導できていない。定型的な事務作業や顧客への過剰サービスなど、部下への『やらない業務』を上司が決断することが大切だ」と強調する。





非正規公務員の新制度
「会計年度任用職員」



ボーナス出ても月給が減るなんて・・・  朝日新聞 2019(令和元)年12月2日
 地方自治体で働く非正規公務員の新しい制度、「会計年度任用職員」が2020年4月から始まります。
 あいまいだった採用根拠を整理し、すべての非正規公務員をボーナス支給の対象にすることが目的だとされています。ところが実態はボーナスを支払う代わりに月額を減らす自治体が目立ちます。
 「官製ワーキングプア」問題の解決につながるのか、疑わしくなっています。                      

(編集委員・沢路毅彦)

年収変わらず「お金遅くもらうだけ」
 東日本の公立図書館で嘱託司書として働く女性は今年3月、新しい賃金制度の説明を受けた。図書館を運営する自治体は、会計年度任用職員には半年に1回、1.3か月分のボーナスを出すという。
 ところが、同時に月額報酬が約2万円減るとの説明を受けた。200万円台半ばの年収はほとんど変わらない。
「月額が減れば、一人暮らしだと本当に困る。ボーナスが出るといっても、お金が遅く支給されるだけ。月額が減るくらいなら、ボーナスはいらない」
 新制度導入のための条例案は、9月の議会で可決された。新しい賃金はどうなるのか。職場に労働組合はなく、人事担当者の公式な説明もない。

各自治体が判断
 会計年度任用職員は、2017年度に成立した改正地方公務員法で導入が決まった非正規公務員の新しい制度だ。
 自治体が財政難に苦しむ一方で、新しい仕事が増えている中、非正規公務員が増えてきた。ところが、法律が正規の職員を前提に作られていたため、非正規公務員の採用根拠があいまいだった。同じ非正規公務員でも。自治体によってボーナスをもらえたりもらえなかったりと、対応がまちまちになっていた。
 このため新設されたのが会計年度任用職員だ。地方自治法も同時に改正し、パートタイムの非正規公務員でもボーナスを支払うことができる根拠をはっきりさせた。民間企業では「同一労働同一賃金」に関連する法律が来年4月以降順次施行されるが、公務員には適用されない。
 非正規公務員は2016年時点で約64万3千人。その多くがこの新制度に移ると総務省はみている。自治体は新制度の導入に向けた条例の制定を進めている。実際の待遇をどうするかは、各自治体の判断になる。そんな中で目立つのが、月額報酬を減らす動きだ。


 会計年度任用職員
 2020年4月に施行される改正地方公務員法で新たにスタートする制度。地方自治体で働く非正規公務員の採用根拠を明確にすることが目的の一つ。2016年時点で約64万人いる非正規公務員のほとんどが会計年度任用職員に移るとみられている。地方自治法も同時に改正され、ボーナスや退職手当を支払うことができることもはっきりさせた。パートタイムの会計年度任用職員はボーナス、フルタイムの場合はボーナスだけでなく退職金など他の手当ての対象になる。

「交渉余地ある」
 ボーナスを払う一方で、月額報酬を減らすのは、人件費を膨らませないためだが、法改正の目的に照らして適切な対応といえるのだろうか。総務省は「財政上の理由だけで月額を減らすことは法改正の趣旨に反する」との立場だが、仕事の内容や責任を見直し月額を変えることまで禁じているわけではない。
 総務省によると、9月議会までに都道府県と指定都市のほとんどすべて、市区の6割、町村の3割が条例案を提案する見通しだ。ただし、条例に具体的な待遇まで書かれているとは限らない。「官製ワーキングプア研究会」の山下弘之理事は「細かい賃金制度は条例だけでは決まらない。来年4月まで交渉の余地はある」と話す。

外部委託やパート化の動きも
 人件費、新制度で増えるのを避け

 自治体の中には、人件費が増えるのを懸念して、非正規公務員が担ってきた仕事を外部に委託しようという動きも出ている。新制度への移行に伴って、もう一つ懸念される動きが「パート化」だ。
 同じ会計年度任用職員でも、フルタイムとパートタイムとでは手当の扱いが違う。今回の法改正では、パートに支払えることが明記された手当はボーナスだけだ。一方、フルタイムは退職金などボーナス以外の手当ても支払いの対象となる。
 そこで自治体の中には、これまで1日7時間45分のフルタイムだった仕事を、7時間30分にしてパートの仕事にする、といった動きがある。総務省は「財政上の理由だけで不合理に短くすることは不適切」と問題視するが、新制度移行でこうした自治体が出る可能性はゼロではない。




待遇改善?・・・非正規公務員の困惑 
 新制度「会計年度任用職員」の記事に反響  
朝日新聞 2020(令和2)年1月20
 昨年12月の記事では、ボーナスが出る一方で月額報酬が減り、年収がほとんど変わらないケースを紹介した。すると、大阪府吹田市で非正規公務員として働く女性から「『年収変わらず』と見出しにありましたが下がるケースもあります」とのメールーが寄せられた。

「年収が減る」ケース
 
初回ボーナス 対象4月分のみ
 「市の説明では、『ボーナスは半期の働きに対するもの。最初のボーナスは4月以降が対象なので、満額は出ない』ということでした。詐欺ではありませんか?」」
 吹田市に確認すると、4月に新制度を導入した後、毎年6月と12月にあわせて2.6カ月分のボーナスを支給する案を検討中という。ただ、6月のボーナスは前年の11月から4月までの働きが対象だ。最初のボーナスとなる今年の6月分は4月の働きだけが対象となり、満額の3割しか支給されない。
 一方で、これまでの月額報酬はボーナスに相当する額も考慮して支給していたとして、月額報酬はこの4月から減額される。ただ、年収ベースでみれば新制度の導入前後で金額が減ることはない、と市側は説明している。

 2021年度も再び採用されれば、来年6月には満額のボーナスを受け取ることができる。だが、20年度だけで採用が打ち切られ、更新されなかった人の場合、年2.6カ月分のボーナスは受け取れないことになる。
 こうした扱いは正規の職員も同じだ。総務省が示したマニュアルも、今年4月以降の在職期間に応じた支払とすることが適当だとしており、同様の扱いをする自治体は多いとみられる。

 ただ、会計年度任用職員は正規職員と違って4月から翌年3月まで1年ごとの採用というのが建前なのに、ボーナスの対象が年度をまたぐというのは、やはりちぐはぐだ。
 女性は「何のためにボーナス支給という動きになったのか、換骨奪胎もはなはだしい。こんなことがまかり通るのでしょうか?」と憤る。

パートタイムに移行
 
15分残業扱い 退職金は出ず
 記事では、新制度への移行を機にフルタイムだった労働時間をパートタイムに変更する動きが出ていることも紹介した。長野県のある市で働く50代の女性は、自分たちも同じ状況だと連絡をくれた。

 「パートタイム会計年度任用職員に移ります。ボーナスは出るものの、月給が下がるという話はありませんでした。ただ、労働時間は今の7時間45分から7時間30分に短縮されます」
 「今の仕事を15分短縮するのは無理があります。そこで15分ずつ残業扱いにするということで、暗黙の了解を得ています」

 新制度ができると聞いた時は退職金が出ると期待したという。しかし、パートには退職金を支払う規定がない。実際には短縮して業務ができるわけでもない状態を把握していながら、退職金の対象にならないパートになるのは納得できない、と女性は言う。
 「もう少し政府として統制力のあるものとして環境を整備して進めてもよかったのではないでしょうか? 混乱を招いているだけのような気がします。市の財政事情が苦しいのも把握しているし、人件費がどのくらい増えるのかも理解しています。人事担当の立場もわかるので、なかなか不満を言えませんが……」

国 人件費1700億円増見込む
 自治体が月額報酬を減らそうとしたり、手当を出さなくてもすむようにパート化を進めたりするのは、必要な人件費を確保できるのか、不安があるためだ。
 だが、総務省が昨年末に公表した2020年度の地方財政計画には、会計年度任用職員制度に対応するための経費として約1700億円を盛り込んだ。各自治体に調査した結果をまとめたもので、主にボーナスに充てられるという。この計画に基づき、財源が不足する自治体に地方交付税が配布される。
 あわせて総務省は、各自治体に注意を促す通知を改めて出した。合理的な理由なく勤務時間を短くすることや、ボーナスを支払う一方で月額を減らすことは、改正法の趣旨に合わないとクギを刺している。



  中央省庁・地方自治体が障害者雇用数を水増し
     法定雇用率への不適切な算入







全世代型社会保障制度検討会議
中間報告



全世代型社会保障検討会議首相官邸ホームページ




社会保障 遠い抜本改革 
 「全世代型」国会で議論へ  朝日新聞 2020(令和2)年1月14日 

 安倍晋三首相は(6日の年頭記者会見で)今年の内閣の「最大のチャレンジ」に、すべての世代が安心できる全世代型社会保障の実現を掲げた。20日召集の通常国会に労働・年金・介護の改革法案を、早ければ秋の臨時国会に医療の改革法案を出す方針だ。だが、実際に見込まれるメニューは、加速する少子高齢化に十分対応できる抜本改革とは言い難い内容となっている。

 政府の全世代型社会保障検討会議が先月まとめた中間報告は、高齢者の就労促進などによって社会保障の「支え手」を増やすことと、負担能力がある人には年齢を問わずより多く負担してもらう「応能負担」を2本柱として打ち出した。

 就労促進策では、希望する人が70歳まで働ける機会の確保を企業の努力義務にする。ただ、年配の働き手を雇い続けたり待遇を保ったりするため、若手世代の待遇を下げる企業が相次ぐとの見方もある。また、非正規雇用は過去最高水準で働き手の約4割に上り、低賃金で生活が苦しい「ワーキングプア」など働き続けるざるをえない人も少なくない。正社員との賃金格差を是正する「同一労働同一賃金」が4月から大企業に適用されるが、どこまで待遇改善につながるかは不透明だ。

 「応能負担」の柱は、75歳以上の医療費の窓口負担割合の引き上げだ。いまは「原則1割」だが、一定所得があれば2割にする。具体的な所得の線引きは今後検討するが、全体の半数は下回る方向で、財政改善の効果は限られそうだ。

 年金改革でも、将来の年金水準の改善効果は限定的だ。厚生労働省の試算では、モデル世帯が約30年後に受け取る年金額が現役世代の平均収入に占める割合は51.0%で、改革をしない場合と比べて0.2㌽増にとどまる。
 無年金・低年金対策でもある厚生年金のパートらへの適用拡大では、適用要件の企業規模を、いまの「従業員50人以上」から「51人以上」に引き下げる。新たに対象になるのは約65万人と、企業規模の要件を撤廃した場合の半分ほどだ。首相は年頭会見で、同一労働同一賃金を意識して「年金の世界でも『非正規』という言葉をなくしていく」と語ったが、同じ働き方でも勤め先によって厚生年金に入れるかどうかが異なる状況は残ることになる。

 介護保険制度の改革は、政府や自民党はほとんど議論していない。現場は人材不足が深刻で、必要な介護を受けられない人が増えるとの危機感も高まっている。介護人材は2025年度に約34万人不足するとの厚労省推計もあるが、検討会議の中間報告は明確な対応策は示さなかった。
 政府は、団塊世代が75歳以上になり始める22年から社会保障給付の増加が加速し、40年度には18年度の1.6倍の約190兆円に上ると見込む。制度維持には「消費税率10%超」が必要との見方もあるが、首相が「10年間ぐらいは上げる必要はない」と発言したことなどから、消費増税を含む財源論に踏み込まない前提で今回の改革議論は進んだ。

 政権内には次の衆院選をにらみ、給付と負担の見直しは避けたいとの思惑もある。ある自民党のベテラン議員は「持続可能な社会保障につながる抜本的な改革では、全然ない」と指摘する。


(内山修、山本恭介)

70歳就労 法案閣議決定
 環境整備 企業に努力義務  
朝日新聞 2020(令和2)年2月5日

 政府は4日、70歳まで働く機会の確保を企業の努力義務とする高年齢者雇用安定法改正案を閣議決定した。成立すれば2021年4月に施行される。
 いまの法律は企業に対し、①定年の廃止➁定年の延長③定年後に再び雇うなどの継続雇用、という三つの選択肢のどれかを選んで65歳まで働ける機会をつくることを義務づける。
 改正案は、希望する従業員が70歳まで働けるよう、三つの選択肢を延長した上で、④別の会社への再就職⑤フリーランスとして独立⑥起業を助ける⑦社会貢献活動への参加支援、の選択肢も選べるようにする。企業には七つのいずれかの選択肢を設けるよう努力義務を課す。

 ①~④が企業に雇われる働き方なのに対し、雇用契約を結ばない⑤~⑦は収入が不安定になるおそれがある。このため、収入が途切れないように企業に対して従業員やその勤め先と業務委託契約を結び続けるといった対応を求める。
 関連法案にはまた、定年後に再雇用されて賃金が大きく下がった人に65歳まで支払われる「高年齢雇用継続給付」の縮小や、兼業や副業をする人の労働災害を認定するしくみの見直しなども盛り込まれた。
 関連法案とは別に、未払いの残業代などを社員が会社に請求できる期間をこれまでの2年から「当面3年」に延長する労働基準法改正案も4日、閣議決定された。

(内山修)





《朝日新聞2020(令和2)年3月1日 1面・2面より》


◆88歳 一人暮らし 猫16匹
 介護保険スタートから4月で20年。この20年で大きく変わったのは、介護にかかわる家族のあり方だ。「独居」や「老老」世帯が増える家族変容のうねりのなかで、かつては想定されていなかった課題が生じている。

 身寄りはないが家族同然のペットがいる。そんな高齢者が増えている。介護が必要になったとき、愛犬・愛猫の世話ができる家族はいない。現在の介護保険はこうした状況を想定しておらず、現実と制度のはざまで現場は苦悩している。

◆家族変容 揺らぐ介護
ペットの世話 訪問支援サービス外
 各種推計によれば、一人暮らしの高齢者は2020年に700万人を超え、認知症高齢者は600万人を超える。「独居」で「ペットあり」という人は今後急増する。

独居・老老・・・「想定外」が標準に
 「独居」「老老」世帯の増加や未婚率の高まり。家族の変容は、介護保険を土台から揺さぶっている。
 制度が想定する家族モデルは現実と大きなずれが生じている。そう指摘するのは「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」事務局長の津止正敏・立命館大教授だ。「介護保険は,若く体力がある家族がいる想定で作られた。現実は、加齢で家事・介助が十分にできない、仕事で介護時間がないなど、『想定外』の介護者が標準になりつつある」 
 津止教授は、仕事しながらの介護に加え、育児とのダブルケアなど「ながら介護」の一般化を指摘する。「介護保険は、この新たな実態をふまえた制度設計になっていない」

 近年、膨張する費用を抑制するため要介護1、2など『軽度者』支援を縮小する見直し案が浮上している。だが、これは働きながら介護する世代を直撃する政策だ。縮小によりサービスが使いづらくなれば、介護離職者は増えてしまう。介護保険がどんな社会を目指すのか、理念が見えにくくなっている。
 「貧困」「ひきこもり」など複合的困難を抱える人も急増している。家族の変容をふまえた「介護の社会化」とは何か。20年先の介護保険を見すえ、問い直す時期を迎えている。

(編集委員・清川卓史)

76歳骨折 認知症の夫は誰が
 同居介護のうち、介護する人も介護される人も75歳以上の「老老介護」は3割を超す。

増える「息子が介護」見えぬ将来
 同居する家族の誰が介護しているか。01年と16年を比べ、最も増加率が高いのは「息子」だ。
 「母さんの介護が終わった将来、路頭に迷うんじゃないかという不安はありますよ」。東京都で90歳の母親と2人暮らしの渡辺紀夫さん(55)は言った。


(編集委員・清川卓史・中村靖三郎)