障害者の賃上げへ
「脱福祉」の工場


朝日新聞2024(令和6)年3月20日






 一般企業で働くのが難しい障害者に職業訓練の場を提供してきた宮城県の社会福祉法人が今月、全国初となる「脱福祉」型の就労施設を開いた。月に1万円程度だった障害者の収入を、月8万~12万円に引き上げられると見込む。低い工賃で働く障害者の待遇改善を脱福祉で実現する第一歩として注目を集めている。



宮城で全国初 三菱ケミカルが協力

 脱福祉型の工場を新設したのは社会福祉法人「チャレンジドらいふ」(仙台市)。宮城県美里町で福祉サービスとして運営してきた「就労継続支援B型事業所」の一つを廃止し、ホウレンソウを養液栽培する植物工場を同じ場所に建てた。植物工場のノウハウを持つ三菱ケミカルの子会社が設備や技術を提供する。
 新設した工場はホウレンソウを年に17回収穫することができ、年54㌧の収量を見込む。大手コンビニチェーンが販売するサラダ向けなどに出荷し、年間売上高4千万円をめざす。三菱コミカルの子会社が販路の確保でも協力する。安定的な販路を確保して通年で出荷する。

 植物工場で働くのはB型事業所に通所していた障害者のうち11人と支援スタッフをしてきた健常者4人。障害者は「福祉サービスの利用者」から「雇用契約を結ぶ従業員」に変わり、最低賃金が適用される。
 これまでは近隣から通所する精神障害者や知的障害者約20人がビニールハウスでの野菜の栽培や企業から受託してきた軽作業などをしてきた。1人当たりの工賃は月に約1万3千円だった。

 B型事業者は障害者総合支援法に基づく福祉サービスのひとつ。全国に約1万6千カ所あり、約30万人の障害者が通う。一般企業での就労が難しい人が対象で、雇用契約は結ばない。B型事業所を廃止して一般事業所に転換し、福祉サービスの利用者を一般就労に切り替えるのは全国で初めてという。
 宮城県の最低賃金は923円。給料は月に8万~12万円になる見込みだ。従業員になった高島快斗さん(24)は、収入のアップに「びっくりしました。うれしいです」と話す。


経済的自立へ「挑戦」

 公費に頼らない一般事業所になることで、どんな変化が待ち受けるのか。
 これまでは作った物が売れなくても、障害者が通所してくれれば国や自治体からの助成で職員の人件費は賄えた。今後はホウレンソウが売れなければ人件費は払えなくなる。

 「これからは利用者も支援者も一緒に、自分たちの給料を稼ぐことになる。工賃は給料に変わり、障害者もそこから税金を払う。大きなチャレンジになる」
 チャレンジドらいふの白石圭太郎理事長は15日の落成式で、障害者の経済的自立をめざすために安定を捨て、「脱福祉」に挑む覚悟を口にした。障害者の雇用拡大も検討している。
 脱福祉型就労の枠組みは日本財団が考案した。工場の建設費などは日本財団が全額を助成。宮城県が初年度の運転資金を補助する。

 全国のB型事業所には、職員の人件費などの運営費として国や自治体が年約8千億円の公費を投じる一方、通所する障害者の工賃の総額は年約400億円。1人当たり月平均約1万6500円に過ぎない。経済的に自立できる収入の確保にはほど遠い。新たな枠組みは、経済的自立とともに社会保障費の抑制を目指す取り組みでもある。
 日本財団の竹村利道・公益事業部シニアオフィサーは「企業と連携して福祉を脱却し、障害者が当たり前に働けるスキームを確立できた。全国に広げていきたい」と話す。

(木村裕明)