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「障害」は「個性」か
障害と個性についての考え方

 2009.12.25
 
更新 2015.7.12/2016.12.2/2017.3.20/2018.7.14/2020.3.30/2021.12.8








 総理府編「障害者白書 平成7年版」(1995.12)は、「バリアフリー社会を目指して」と題して、社会環境において障害者の生活上の支障となる障壁の一つに〝障害(者)観〟の問題があるとして、「障害は個性」という障害者観が広まっていることを取り上げ、次のように記している。

 我々の中には、気の強い人もいれば弱い人もいる、記憶力のいい人もいれば忘れっぽい人もいる、歌の上手な人もいれば下手な人もいる。これはそれぞれの人の個性、持ち味で、それで世の中の人を2つに分けたりはしない。 同じように障害も個人がもっている個性の1つと捉えると、障害のある人とない人といった一つの尺度で世の中を二分する必要はなくなる。


 この白書をめぐっては、賛否を含めいくつかの意見が新聞の投書欄に掲載された。

 「障害は個性」という言葉には、一人ひとりの違いを認め、障害を特別視しないで受け止めようという意味がこめられているのだと思います。その点では、なんとなく納得できるような妙に説得力のある言葉のようです。
 しかし「障害は個性」という言葉には障害(者)観にかかわる重要な問題が含まれており、もう少しよく考えてみるべきことではないかと思います。

 なぜなら「障害」をどのように理解するか、「個性」をどのように理解するか、ということは障害児者の発達支援、発達保障あるいは教育的支援や福祉的支援、などの観点からすればとても大切なことだからです。


個性とは

 個性とは、広辞苑(第6版)を引用すれば、「他人とは違う、その人にしかない性格・性質」のことであり、その個人が有する特徴を意味します。

 人にはそれぞれその人を特徴づけるものがあるわけですが、その人にしかない特徴を個性というのであれば、その個性となるものには大きく二つの要素が考えらます。一つは、人の背格好などのように形として見える有形の要素です。もう一つは、その人に特有なものの見方や考え方、感情表現、表情や動作(しぐさ)などのような無形の要素です。

 つまりその人に固有の特徴である個性とは、素質的なものも含め、その人の生きる(成長発達する)過程で培われる有形、無形の要素が関わり合い絡み合って形成されるものと考えることができます。

 したがって障害も人を特徴づけるものの一つかもしれませんが、それだけを取り上げて、「障害は個性」などとというのは適切ではありません。障害と個性は区別して考えたほうがよいと思います。



「あの人は個性的」   
  などという場合は・・・

 人には背の高い人も低い人もいます。太っている人もやせている人もいます。気の強い人も弱い人も、記憶力のよい人も忘れっぽい人も、歌のうまい人もへたな人もいます。器用な人も不器用な人もいます。

 しかし例えば、背が高い・低い、太っている・やせている、気が強い・弱い、記憶力がよい・悪い、あるいは歌がうまい・へた、器用・不器用などという場合、それは単に人の特徴の一つだけを見て言っているにしかすぎず、それはおそらく、「あの人は個性的」 「個性が強い」などという意味合いにはならないはずです。


 

「個性を伸ばす」「個性を発揮」
     という場合は・・・

 「個性を伸ばす」とか「個性を発揮」などという場合には、そこにどのような意味合いがこめられているのでしょうか。おそらくその場合は、「個性」を積極的かつ肯定的にとらえて言うのだと思います。

 したがって「障害を個性」というならば、「障害を伸ばす」「障害を発揮」という言い方もあってよさそうなものですが、それはないでしょう。

 障害も個人がもっている特徴の一つに含めるにしても、障害が人の個性そのものであるかのような誤解を与える言い方はやはりやめたほうがよい。
 障害は障害であり、個性は個性です。


「障害は個性」という問題点 

①一般的に「個性」ととらえられているその内容(人の特徴)は生活上の支障になるようなものではないと思います。
 「障害は個性」というとらえ方が、障害をもつ人の生活上の支障になっている状態を軽減あるいは改善することになるのであればよいと思います。しかし現実的には生活上の支障になっている問題の解決にはならないと思います。

②「障害は個性」というとらえ方は、その障害に対する適切な支援のための大切な視点を曖昧にしてしまう危険性があると思います。特に成長発達段階における教育的支援においてはその危険性は大きいのではないかと思います。それは発達障害者支援法でいう、いわゆる「発達障害」をどのように理解するかということとも関連する重要な問題点だと思います。

③「障害」が個人を特徴づけるということではあっても、中途障害者には「障害は個性」というとらえ方はそぐわないと思います。

 障害を負う可能性は誰にもあり、決して特別なことではない。
 障害を特別視しないということは、障害から目をそらすということではないはずです。「障害は個性」などというのは短絡的・皮相的で、障害から目をそらすということではないでしょうか。

 適切な障害者支援を考えるのであれば、障害は個性などというよりも障害と人との関係あるいは生活する社会的環境条件等との関係を直視することが大切だと思います。そこに世界保健機関(WHO)が2001年に承認した国際障害分類の改定版国際生活機能分類(ICF)の考え方の意味があると思います。


 国際障害分類試案/国際障害者年/国際生活機能分類
  国際生活機能分類(ICF) 日本語版:厚生労働省 社会・援護局障害保健福祉部企画課
 







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