相模原市 障害者施設の殺傷事件
やまゆり園事件から考える
「死刑」をめぐる問題/刑罰とは何か

2024.5.22/2024.7.26/2024.12.7/2025.3.20


《相模原市障害者施設の殺傷事件》
 障害者施設やまゆり園に元職員(26歳)が刃物を持って侵入し、「障害者は生きていてもしょうがない」として19人の入所者を殺傷し、27人(職員を含む)に重軽傷を負わせた。この凄惨な殺傷事件によって日本の障害者関連の諸問題がクローズアップされ、事件を起こした元職員に対する裁判及び死刑判決も当然大きなニュースとなったわけであるが、元職員の犯行に至る経緯だけでなく、元職員に対する死刑判決に至る経緯や判決理由についても着目し、考えてみるべき意味があると考える。

《日本の刑法について》
 日本の刑法では、「死刑」が最も重い刑罰となっている。しかしこの刑法は1907(明治40)年4月24に公布、1908(明治41)年10月1日に施行されたものであり、この刑法に基づく刑罰としての「死刑」については、その存廃を巡る議論が繰り返されてきたものの、死刑制度の容認論は根強く、現在に至っている。それはなぜか

《刑罰としての「死刑」について》
 死刑廃止が世界的潮流でもあり、日本の刑法も見直してみるべきではないか。元職員に対する死刑判決は、改めて刑罰とは何かということと「死刑」について考えてみる機運となってよさそうなものであるが、それはあまり感じられない。それはなぜかという点も含め、刑罰とは何かというところにこそ考えてみるべき重要な意味や問題があるはずである。




やまゆり園事件 横浜地裁判決(要旨)
「死刑」判決の理由を考える
「死刑」の執行について
刑罰とは何か
刑罰とは何のためにあるのか・・・




やまゆり園事件
横浜地裁判決(要旨)


やまゆり園事件 横浜地裁判決(要旨)
 
 朝日新聞 2020(令和2)年3月17日
■大麻の使用と責任能力
 弁護士側鑑定は、被告が「意思疎通ができない障害者は不幸をつくる」との考えを「自分が抹殺する」と発展させたのは大きな飛躍があり、病的な思考か思考障害だと指摘。「ヤクザに追われている」ので、殺される前に実行しなければと考えたのは妄想であり、障害者を殺害すると記した手紙を衆院議長に出したことなども異常な精神症状だとする。
 だが、被告の障害者に関する考えは、施設での勤務経験を基礎とし、世界情勢に関する話題を踏まえて生じたものとして了解可能だ。
 被告は意思疎通ができない重度障害者は不幸であり、家族や周囲も不幸にする不要な存在と考えた。重度障害者を安楽死させる社会が実現すれば、使われていた金が他に使えるようになり、世界平和につながり、このような考えを示した自分は先駆者になれるというのが犯行動機だと認められる。
 被告は2012年12月から16年2月まで園で勤務し、障害者やその家族、職員の言動からこう考えるようになった。到底是認できないが、実体験を踏まえた発想として了解可能だ。
 「不幸を作る」から「抹殺する」への変化は方向性は同じで、不自然ではない。過激な言動で注目される海外の政治家の発言を知り、「重度障害者がいなくなれば世界平和になるというのは、自分だけが気づいた真実」と考えた。勤務経験やニュースなどの根拠があり、病的な飛躍とまでは言えない。
 16年2月、衆院議長に出した障害者の安楽死を訴える手紙も受け手に配慮した丁寧語を用いており、病的な異常さはない。やや異常な言動も見せたが、手紙を受け取ってもらうための行動として理解できる。
 被告は大麻を常用し、事件当時は体内に大麻成分があった。だが動機は了解可能で、犯行に計画性や一貫性が認められる。警察に出頭しており違法性の認識もあった。大麻や精神障害が犯行に影響したとは考えられず、事件当時、完全責任能力があったと認められる。

■刑罰の理由
 19人もの人命が奪われた結果は他の事例と比較できないほどはなはだしく重大で、犯情は誠に重い。殺人未遂にとどまった24人についても相当な生命の危険にさらされた。
 職員が少ない時間帯を狙い、大勢の利用者を殺害するために必要な複数の刃物を用意した上、夜勤職員を拘束するなどして通報を防ぎつつ、助けを求めたり抵抗したりすることが困難な障害者の首などを複数回突き刺すなどした。計画的かつ強烈な殺意に貫かれた犯行で、悪質性も甚だしい。
 動機の形成過程を踏まえても酌量の余地は全くない。被害者遺族らが峻烈(しゅんれつ)な処罰感情を示すのも当然だ。被告が犯行時26歳と比較的若く、前科がないことなどをできる限り考慮し、罪刑の均衡の観点から慎重に検討しても死刑をもって臨むほかない。



「死刑」判決の理由を考える

 「計画的かつ強烈な殺意に貫かれた犯行で、悪質性も甚だしい。動機の形成過程を踏まえても酌量の余地は全くない。被害者遺族らが峻烈(しゅんれつ)な処罰感情を示すのも当然だ。被告が犯行時26歳と比較的若く、前科がないことなどをできる限り考慮し、罪刑の均衡の観点から慎重に検討しても死刑をもって臨むほかない」というのが「死刑」判決の理由である。

 慎重に検討したが、酌量の余地がなく、やむを得ない究極の選択として最も重い刑罰に処するしかない。それが「死刑」だというのであれば、それは生きている意味(価値)がないと断じることである。
 意思疎通ができない重度障害者は不幸であり、家族や周囲も不幸にする不要な存在とする障害者施設における殺傷事件の動機と内容も、酌量の余地がなく、極刑(死刑)に処するしかないとする公判での判決の内容と理由も、その意味するところは人としての生を全うする意味や価値がないと断じる考え方であるという点では同じだといってよい。その点にこそこの事件を考える大きな意味があるといえる。

 要するに、一般的な人々の意識的・無意識的な価値観や人生観を伴う考え方や、世の中の仕組みそのものが、障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた凄惨な殺傷事件に大きく関係しているわけで、大麻の影響などは比較にならないほどのものだといっても過言ではない。
 現実社会において生産性の有無や効率性を重視する考え方はごく普通に存在し、ごく最近まで優生思想に基づく法制度が施行されていた。こうした事実を踏まえてどう考えるかが重要。


<事件の動機と内容>
「意思疎通ができない障害者は不幸をつくる」=役に立たない、生きる価値(意味)がない殺害計画を実行
<判決の内容と理由>
計画的殺意、悪質性も甚だしい=酌量の余地がない、極刑に処するしかない(生かす意味がない)
死刑判決


犯罪の動機と刑罰の意味
優生思想と「死刑」についての共通性の有無

多様な価値観と人生観が存在するという現実
共生社会の実現に向けての問題・課題



「死刑」の執行について

2年ぶり 死刑執行
 群馬・連続強盗殺人 兵庫・7人殺害  朝日新聞2021(令和3)年12月22日

 2003年に群馬県で起きた連続強盗殺人事件で死刑が確定した高根沢智明(54)、小野川光紀(44)両死刑囚について、法務省は21日、東京拘置所で死刑を執行した。兵庫県で04年に隣人7人を殺害するなどした藤城康孝死刑囚(65)の死刑も大阪拘置所で執行した。収容中の確定死刑囚は107人となった。
 執行は19年12月26日以来およそ2年ぶりで、今年10月に就任した古川禎久法相にとっては初。この日の記者会見で古川法相は「重大な刑罰だから慎重な態度で臨む必要があると同時に、法治国家では確定した裁判の執行が厳正に行われなければならない」との考えを示し、執行命令書に17日に署名したと明らかにした。

 確定判決などによると、高根沢、小野川両死刑囚は、パチンコ店の売上金を盗み出そうと共謀し、群馬県内で03年2月と4月、47歳と25歳だった別々の店の従業員を絞殺。奪った鍵を使い店内から現金300万円を盗むなどした。強盗殺人などの罪で高根沢死刑囚は05年に、小野川死刑囚は09年に死刑が確定した。
 藤城死刑囚は04年8月、兵庫県加古川市の隣家に住む当時80~46歳の親族3人を包丁で刺殺するなどし、別の隣家でも当時60~26歳の一家4人を包丁で刺して殺害。殺人などの罪で15年に死刑が確定した。
 法務省によると、今年は4人の死刑が確定する一方、87~71歳の死刑囚の男3人が病死した。収容中の確定死刑囚の平均年齢は約59歳で、収容期間は平均13年を超えている。    (伊藤和也)

海外では廃止の流れ
 国内でおよそ2年ぶりとなる死刑が執行された。ただ国外では死刑制度廃止が大きな流れになっている。
 米国は今年7月、死刑執行手続きなどの検証が終わるまで、連邦政府による執行を停止すると発表した。死刑廃止を公約にしたバイデン大統領の方針に沿ったもので、その理由を「死刑の適用に恣意性があり、非白人に差別的な影響を及ぼす」(ガーランド米司法長官)と説明した。州政府による執行は残るものの、50州のうち約半数が廃止や執行中止を決めている。

 米国が死刑制度を廃止すれば、先進国38カ国が加盟する経済協力開発機構(OECD)で死刑制度があるのは、日本と韓国のみ。ただ、韓国では20年以上執行されていないという。
 こうした潮流を踏まえ、日弁連は今月2日、死刑制度廃止を求める要請書を法相に提出した。強盗殺人事件で死刑確定後に釈放された袴田厳さん(85)の再審請求が続いていることから、誤判や冤罪の問題が注目される可能性があると指摘した。今回の執行を受けた会長声明でも、「もはや国際的な視点抜きに死刑制度の当否を議論できないことは明らか」とし、廃止と廃止までの執行停止を求めた。

 だが、国内では死刑制度を容認する声は根強い。昨年公表された国の世論調査(5年ごとに実施)では、約1500人のうち約80%が「(死刑は)やむを得ない」と回答。このうち半数以上が「被害を受けた人や家族の気持ちがおさまらない」「凶悪犯罪は命をもって償うべきだ」との理由を選んだ。4回連続で80%超が死刑を容認している。一方、「廃止すべきだ」との回答は全体の9%。前回調査時に比べて0.7㌽減少した。
 古川法相は記者会見で、死刑容認の世論が多数との認識を示し、凶悪犯罪が後を絶たない現状に鑑みれば、「死刑を廃止するのは適当でない」と述べた。
  (新屋絵里)


朝日新聞 社説 2024・2・15
  井田香奈子
司法社説担当
「究極の刑」というのなら
 命を奪う刑を、そんなにあっさり決めてしまっていいのですか? そんな疑問が、ここしばらく、頭から離れない。
 甲府市で2人が殺害された事件で、当時19歳の男性に対する甲府地裁の死刑判決が今月、確定した。弁護人が控訴したが、被告本人が取り下げた。
 地裁の裁判員と裁判官が悩み抜いて出した答えに違いない。遺族は極刑を求めていた。ただ、18、19歳を「特定少年」とし、異なる扱いをする改正少年法下で初の特定少年への死刑判決でもある。本人の未熟さや成育環境などを量刑にどうくむか、高裁でさらに、慎重な検討がされるものだと思っていた。

 刑事訴訟法は、死刑、無期刑の判決の場合は、上訴権を放棄できないと定めている。なのに、本人がそのときの意思で上訴を取り下げて死刑を確定できるのでは、法の意図が骨抜きではないか。
 地裁の死刑判決の後、本人が控訴を取り下げて刑が確定したケースは、過去にもある。01年の大阪府池田市の小学校の児童殺傷事件では、03年の地裁判決と控訴取り下げの翌年、死刑が執行された。
 上訴の取り下げは無効だと弁護人が申し立てるケースもあるが、裁判所が認めることはまれだった。
 宣告された刑が適切で公平なものか、高裁、最高裁で、違う目でチェックする大切さはいうまでもない。とくに死刑は、執行したら取り返しようがない。

 最高裁は判決で「最も冷厳で誠にやむを得ない場合に行われる究極の刑罰」などと述べ、死刑は特別な刑で選択には厳格な基準が求められると言及してきた。最高裁は限られた事件でしか弁論を開かないが、死刑事件では必ず行っている。
 死刑については、三審制をフルにつかって審理をつくすことを義務づけるのが筋ではないか。死刑判決は自動的に控訴、上告される制度を、研究者や日本弁護士連合会は提案している。

 死刑廃止が世界の流れになり、先進国で今も死刑を執行するのは、米国と日本だけになった。ただし米国は、死刑の可能性がある事件では量刑を別の陪審が決めるなど「超適正手続き」を保障して慎重さを究めており、同列には語れない。
 「究極の刑」には、それに見合う手続きが不可欠だ。死刑のない社会に向けた議論と並行し、できる是正はある。

死刑当日告知「違憲で残虐」か
 死刑囚2人が訴え 大阪地裁15日判決
  朝日新聞2024(令和6)年4月12日

 死刑の執行を直前に告知する今の運用は違憲だとして、死刑囚2人が「当日告知」を受け入れる義務がないことの確認や慰謝料を国に求めた訴訟の判決が15日、大阪地裁で言い渡される。死刑制度の実態に迫り、具体的な議論につなげようと原告らが起こした3訴訟で初の司法判断となる。

原告側「死以上の苦痛を毎日」
国「円滑執行のため」強調

 ある朝突然、刑務官に声をかけられ、絞首台に連行される。不服申し立ての制度はあるのに使う猶予はない――。原告側はこうした運用が「適正な手続きによらなければ処罰されない」とした憲法31条に反し、日本も批准する国際人権規約が禁じる「残虐な刑罰」に当たると訴える。
 死刑執行は刑事訴訟法上、判決確定から6カ月以内に法務大臣が命じることになっている。ただ、再審請求の審査を理由に執行までに何年も経過するのが通常だ。
 原告側は、執行2日前に告知を受けた死刑囚が姉らとやり取りする音声を収めた1955年の録音テープを証拠提出。70年代に同様の事例が4件あったとして、かつてのように「事前に告知すべきだ」と主張した。

 国は過去に事前告知をしていたことを認めた上で、前日に告知した死刑囚が自殺したため、現在の運用に改めたと説明。当日告知には「円滑な執行のための合理性がある」と強調した。原告が回答を求めた自殺の時期や状況は、「回答の必要がない」とした。
 国はさらに、そもそも執行の告知について定めた法律はなく、告知は本人であることの確認や遺体や遺品の扱いをめぐる意向確認のためにしていると説明。「死刑囚に告知を受ける法的な権利はない以上、いつ告知するかは刑事施設の長の裁量に委ねられる」反論した。

 死刑制度の運用をめぐっては今回の訴訟のほかに「絞首刑の残虐性」「再審請求中の執行の是非」を問う2件の訴えが大阪地裁に起こされている。
 3訴訟を担う金子武嗣弁護士は「死刑制度は国民も実態をほとんど知らない。訴訟によってブラックボックスに小さくてもいいから風穴を開けたい」と説明する。
 当日告知については、死刑と向き合う長い拘禁生活で精神を病んだ袴田巌さん(88)に触れ、「『死』以上の苦痛を毎日与えていることを裁判所は直視してほしい」と訴えた。

(山本逸生)

米は30日前には公表 家族と面会も
 約130年前の1890年。米国の連邦最高裁は、告知せずに死刑を執行できるようにした州法を「不必要に残酷で、刑の確定者に刑罰を加重したものだ」として、違憲と断じた。
 日本と同様に、死刑が残る少数派の国として知られる米国では、事前告知が基本だ。米国の事例に詳しい古川原明子・龍谷大教授(刑法)によると、執行を続ける州では、遅くとも30日前には執行予定が公表されるという。州によって異なるが、死刑囚はその間、致死薬や銃殺といった執行方法を選択し、家族や宗教者と面会したり最後の食事を選んだりできるという。

 古川原教授は「執行までに手続きを踏まえると1カ月はかかるという面もあるが、死刑囚に自分の死と向き合う機会を提供することになっているのは評価できる」と話す。
 今回の訴訟では、国はそもそも「告知しなくても違法ではない」との立場で、当日告知に変えた経緯の詳細は説明しなかった。古川原教授は国の認識を引き出した訴訟の意義を認めつつ、運用実態を明かしたがらない国の姿勢を問題視する。
 「国民主権である以上、国の権力行使には私たちも間接的に関わっていることになる。国はもっと実態を明かすべきだし、私たちも知るべきではないか」

(大滝哲彰)


死刑囚の請求退ける 
執行時期知る権利「保障ない」大阪地裁判決 

  朝日新聞2024(令和6)年4月16日
 死刑の執行を直前に伝える運用は憲法違反だとして、死刑囚2人が当日告知を受け入れる義務がないことの確認や慰謝料を国に求めた裁判の判決で、大阪地裁(横田典子裁判長)は15日、原告の訴えをいずれも退けた。「死刑確定者に執行時期を事前に知る権利は保障されていない」などと判断した。  (山本逸生、大滝哲彰、堀内健史)

 判決は、執行方法をめぐる過去の民事裁判で「実質的に刑事裁判の判決の取り消しを求めるもので許されない」とした、1961年の最高裁判例を踏襲。当日告知の執行を受け入れないことは、「死刑執行を許さないという効果を生じさせる」と指摘した。
 原告側は「当日告知の是非を争っているだけで、死刑そのものの取り消しまでは求めていない」と主張していたが、「実質は確定した死刑判決の取り消しを求めることになる」と退けた。

 さらに判決は、「原告らは当日告知の運用を甘受する義務がある」とも指摘。事前に告知したことで自殺した例があったとして直前の告知に変えた今の運用は、「本人の心情の安定や円滑な執行の観点から一定の合理性がある」と結論付けた。
 原告側が主張した憲法13条の人格権に基づく「死の時期を知る権利」などについては、「そうした権利は保障されていない」とした。


見えない運用 原告側は批判
 「我々が求めたのは、告知当日の執行をやめてほしいということ。肩すかしの判決で、真正面から判断してほしかった」。原告側代理人の上田豊弁護士は判決後の記者会見で、この日の大阪地裁の判断を批判した。

 弁護団は当日告知のほか、死刑の運用をめぐる2訴訟も同地裁で進めている。2020年末から提訴っしたもので、一つは絞首刑という方法が憲法36条の禁じる「残虐な刑罰」に当たると訴えるものだ。最高裁が1955年に合憲とした論点だが、原告らは、米国で死刑を残す州が「残虐でない方法」を提案して薬物注射を採用していることなどに触れ、「時代が変わった」と指摘している。もう一つが「再審請求中の執行」だ。請求中に執行された死刑囚の元弁護人が原告となり、弁護権の侵害を訴えている。

 ただ現状、国は訴訟を通じて具体的な運用はほとんど回答していない。元刑務官の書籍などから一般に知られている絞首刑の手順も事実関係を答えず、原告側が応答を求めても「回答する必要はない」としている。
 植田弁護士は会見で「できるだけふたをして、(死刑を)秘密裏にやりたいという国の姿勢が見えた」。3訴訟をまとめる金子武嗣弁護士は「具体的で地に足がついた議論が必要。(3訴訟を通じて)死刑の実態を明らかにしていきたい」と語り、この日の判決に対し控訴する意向を示した。

袴田さん事件 再考の契機に
 
原告弁護団が裁判で訴えるのは、世界的にみても異例な日本の死刑のありようだ。
 国際人権団体アムネスティ・インターナショナル日本によると、2022年末の時点で世界199カ国・地域のうち144カ国が、死刑制度を廃止・停止している。OECD(経済協力開発機構)の38カ国で制度があるのは日本と米国、韓国のみ。韓国は停止国で、米国は50州の半数以上で廃止・停止している。一方、国内では19年の国の世論調査で、死刑制度の存続は「やむを得ない」と答えた人が80・9%に上る。

 潮目を変える可能性があるとされるのが、再審の公判が進む袴田巌さん(88)の事件だ。「冤罪で死刑」が現実味を帯び、刑法学者の井田良(まこと)・中央大教授は「日本社会が死刑制度を考え直す大きなきっかけになっている」。
 今年2月には、国会議員や弁護士、前検事総長、犯罪被害者遺族らによる死刑制度を考える懇話会が発足した。月1回、海外の死刑に対する考え方や死刑が犯罪の抑止になるかなどを話し合う。秋にも国に提言書を出すという。
 座長を務める井田教授は「刑罰は公益の保護のためにある。その観点から考えたい」と話す。

袴田さん事件 無罪確定



刑罰とは何か
 
刑罰とは何のためにあるのか・・・

再犯防止「拘禁刑」成立へ
刑法改正案「懲罰」から「立ち直り」に
 朝日新聞 2022(令和4)年6月11日(1面)
 刑罰から懲役と禁錮をなくし、新たに拘禁刑をつくる刑法改正案が10日、参院法務委員会で可決され、13日の本会議で成立する見通しとなった。再犯を防ぐため、刑罰の目的を「懲らしめ」から「立ち直り」に移す大転換で、拘禁刑では刑務作業を一律には義務づけずに指導、教育を充実させる。刑罰の種類が変わるのは刑法が1907(明治40)年に制定されてから初めてで、3年以内に導入される。▶2面=更生に軸足

 現行法の刑罰には、生命を奪う死刑、自由を奪う懲役、禁錮、拘留のほか、財産を奪う罰金、科料、没収がある。自由を奪う刑のうち、懲役は木工、印刷、炊事などの刑務作業が義務づけられ、禁錮は義務づけられない。拘留は30日未満の収容で作業の強制もない。
 2020年に死刑と自由を奪う刑が確定するなどした受刑者のうち99.65%は懲役で、禁錮が0.32%。禁錮刑は過失による交通事故で適用されることが多いが、大半は希望して作業に従事しており、両者を区別する意味は薄れていた。

 改正法では懲役と禁錮を廃止し、拘禁刑をつくる。拘禁刑の条文では「改善更生を図るため、必要な作業を行わせ、また必要な指導を行う」と明記。作業は一律の義務とはせず、個々の受刑者の特性に応じて作業と指導を柔軟に組み合わせられるようにした。
 法改正の背景には、刑法犯が減少する一方で、再犯者の割合が近年は約5割と高止まりしている現状がある。拘禁刑の創設で、再犯率が高い薬物犯罪に特化した指導プログラムや、出所後の社会生活に必要な最低限の学力を身につける教科指導などを充実させ、再犯者を減らす狙いがある。

 受刑者の処遇をめぐっては、名古屋刑務所で01~02年、刑務官から暴行されて死傷した事件が起きた。これを機に現行刑法と同時期に制定された監獄法が全面改正され、06年に刑事収容施設法と名を変えて施行。処遇の原則を「改善更生の意欲の喚起と社会生活に適応する能力の育成」と位置づけた。
 刑法からも、懲らしめの意味合いが強い懲役をなくし、拘禁刑に「改善更生」を明記することで、受刑者の立ち直りや再犯防止をより具体的に実現する。
 刑法改正案には、ネット上の誹謗中傷の深刻化を受けた侮辱罪の厳罰化も盛り込まれた。国会審議などで「表現の自由が脅かされる」との懸念が相次いだため、3年後の検証が付則に追加された。

(田内康介)

刑罰の大転換 更生に軸足
 元受刑者「刑務所で欠点気付けたら」 
  朝日新聞 2022(令和4)年6月11日(2面)

 懲らしめから立ち直りへ――。刑法などの改正では、刑務所の役割が大きく変わるほか、出所後の社会復帰も充実する。再犯防止に軸足を置いた取り組みが進むことになるが、実効性はあるのか。元受刑者らの声を聞いた。  (村上友里、田内康介)

 拘禁刑導入後の具体的な制度設計は未定だが、刑務作業を一律の義務にせず、指導プログラムを増やすなどして再犯防止を図る。
 計算や読み書きが苦手な人には集中的に勉強させ、高齢者には出所後の生活を見越してリハビリを充実させる。窃盗では貧困や精神疾患といった要因別の指導、薬物や性犯罪に対しては既に実施しているプログラムの拡充が想定される。
 とはいえ実際は簡単ではない。約4万人いる受刑者は若者、高齢者、暴力団関係者など様々で、犯した罪の種類や要因も異なる。

出所後の生活支援 訪問でも
  
通院や行政手続き 助言

■刑法などの改正で受刑者の処遇はこう変わる
 
朝日新聞をもとに作成

 刑罰の種類  懲役(作業が義務)、禁錮(作業なし)を廃止し、拘禁(作業と指導を組み合わせる)を創設
 執行猶予 制度の拡充  執行猶予中の犯罪について、再び執行猶予にできる量刑を1年以下から2年以下に引き上げ
 社会復帰の支援  刑務所長らの責務として、住居、仕事、医療などの支援を明記
 被害者の心情  被害者の思いを刑務所側が聞き取り、受刑者に伝達
 出所後の生活支援  宿泊場所の提供、医療・就職などの支援に、自宅訪問を追加
一部の支援は期間を1年から2年に



死刑執行の停止
 元裁判員ら要望
  朝日新聞 2024(令和6)年5月21日

 
裁判員制度の開始から21日で15年を迎えるのに合わせ、裁判員経験者22人が20日、死刑執行停止を求める要請書を法務省に提出した。裁判員裁判ではこれまでに46人に死刑が宣告され、3人が執行されている。

 要請書は、死刑について十分な情報公開がないまま、裁判員裁判で死刑判決に国民が関わっていると指摘。「国民に死刑の判断を求めるなら実情はつぶさに公開されるべきだ」として、刑の執行を停止した上で情報公開を進め、死刑に関する国民的な議論を喚起するよう求めた。
 経験者有志は、同様の要請書を2014年にも出したが、動きがないため再び要請したという。
 裁判員として死刑判決に関わった60代の女性は会見で「執行のニュースを見ると、自分が関わった死刑
かとどきどきする。死刑囚の考えていることなどを知りたい」と話した。


飯塚事件 再び再審棄却
 2人の新証言 認めず 福岡地裁
  朝日新聞 2024(令和6)年6月6日

 福岡県飯塚市で1992年、女児2人が殺害された「飯塚事件」で、福岡地裁は5日、死刑が執行された久間三千年・元死刑囚(執行時70)の裁判のやり直しを求める再審請求を棄却した。鈴嶋晋一裁判長は、弁護団が新証拠と主張した2人の目撃証言をいずれも「信用できない」と退けた。
 福岡地裁が飯塚事件で再審請求をしたのは、第1次請求に対する2014年の決定に続き2度目。弁護団は福岡地裁に即時抗告する予定。

 元死刑囚の確定判決は、犯行時の目撃証言や被告の自白といった直接証拠がないなか、現場周辺で元死刑囚のものと似た車を目撃したという証言や、元死刑囚の車にあった被害女児と同じ血液型の血痕などの状況証拠を総合し、元死刑囚が犯人だと結論づけていた。

 元死刑囚の遺族が21年に申し立てた第2次請求で、弁護団は2人の目撃証言を新証拠として提出。そのうち、誘拐現場とされた飯塚市内の三差路で女児2人を見たという女性は、第2次請求審の法廷で「女児を見たのは事件当日とは別の日だった」と証言。「事件当日に見た」と話した自らの発生当時の調書について「警察官に押し切られて署名した」などと内容を否定した。
 これについて鈴嶋裁判長は、女性の調書作成当時は捜査の初期で、証拠や他の目撃者の有無など流動的な状況だったと指摘。「目撃日時、場所、内容に至るまで、捜査機関が無理に記憶に反する調書を作成する動機、必要性は見いだせない」として、女性の証言の信用性を否定した。

 弁護団がもう一つの新証拠としたのは男性(75)の証言。元死刑囚と違う男が事件当日、被害者と似た女児2人を車に乗せて周辺を走っているのを車で追い越す際に見た、という内容だった。これについても「(長期間経った)今でも、面識のない女の子2人の顔をはっきり覚えているという供述は不自然」などと退けた。
 元死刑囚の遺族が09年に起こした第1次再審請求審では、確定判決が状況証拠の一つとしたDNA型鑑定の信用性が争点に。福岡地裁は14年、鑑定の証拠能力の限界を認めた上で、その他の状況証拠だけでも「高度の立証がなされている」と判断し、請求を退けた。一方、今回の新証拠は信用性が否定され、「確定審で調べられた他の証拠の証明力に影響することはない」と判断された。

弁護側「予想した中で最悪」
 弁護団共同代表~
証言者の動機 重視されず裁判員制度  
 飯塚事件に詳しい~

(上月英興、中山直樹)





死刑廃止 官房長官「適当でない」 
 凶悪犯あり「やむを得ない」 
 議論する会議体 設置否定
  朝日新聞 2024(令和6)年11月15日
 林芳正官房長官は14日の記者会見で、与野党の国会議員や犯罪被害者遺族、元検事総長らが参加した「日本の死刑制度について考える懇話会」(座長=井田良・中央大大学院教授)が死刑制度の廃止を含めて議論する会議体を設けるよう政府に求める報告書を公表したことについて、会議体の設置に否定的な見解を示した。死刑制度のについても「廃止することは適当でない」と述べた。

 林氏は、国民世論の多数が死刑を「やむを得ない」と考え、凶悪犯罪も後を絶たない現状があるとして、「罪責が著しく重大な凶悪な罪を犯した者に対して死刑を科することもやむを得ない」との認識を示した。そのうえで「政府として死刑制度を廃止することは適当でないと考えており、現時点で制度の存廃などを検討する会議体を設けることは考えていない」と語った。

 日本弁護士連合会の呼びかけで設立された「日本の死刑制度について考える懇話会」は13日に、報告書を公表し、海外の7割超の国で死刑が廃止されていることや、死刑確定後の再審で無罪とされた例があることなどを踏まえ、死刑制度を「現状のままに存続させてはならない」と指摘。国会や政府のもとに、制度の廃止を含む「根本的な検討」を議論する会議体を設置するように求めた。

(森岡航平)




国連特別報告者「非人道性」「国際法違反の疑い」通報
日本の死刑「停止検討を」

 朝日新聞 2024(令和6)年12月7日

 日本の死刑制度が国際法に違反する疑いがあるとして、国連人権理事会に任命された「特別報告者」が日本政府に対し執行停止の検討を求める通報を行った。人権問題の専門家である特別報告者が、日本の死刑制度に特化して通報するのは初めてとみられる。

<特別報告者>
 国連人権理事会の審査を受けた学者や弁護士らが任命される。無給で任期は6年。世界各地からの情報提供をもとに人権問題を調べ、国際法違反の疑いがあれば政府に通報する。国連から独立して調査。日本には共謀罪(テロら準備罪)や特定秘密保護法の法案審議の際にも通報した。


 11月下旬に国連がウェブサイトで公表した通報は、死刑の執行が当日朝まで本人に告知されず家族も事後まで分からないこと▷再審請求中の執行が相次いでいること▷絞首刑という方法――などは「非人道的な刑罰」を禁じた国際法に触れる恐れがあると指摘。男女を問わず、独房がカメラで監視される処遇についても問題視した。

国連・特別報告者の通報と回答
 朝日新聞をもとに作成

 死刑制度の問題  日本政府の回答
 執行の告知が当日の朝で、家族は執行後まで知り得ない  事前に告知すれば過度の苦痛を与える
 執行方法が絞首刑 最高裁が69年前に他の方法と比べても「残虐でない」と認めている
 冤罪の可能性もあるのに、再審請求中も執行されている  請求を繰り返された場合に執行できなくなる
 男女とも独居房がカメラで24時間監視されている  人権侵害に当たらない
 非人道的な扱いを見直すため、執行停止を検討すべきだ  世論の支持があり、執行停止は適切ではない


朝に告知・再審請求中・・・ 政府は反論

 通報内容とともに日本政府からの回答も国連は公表した。政府は「制度の是非は自国で考えるべき問題だ」とした上で、執行の告知を事前にすれば「過度の苦痛を与える」、再審請求中の執行を止めれば「執行を不可能にする」と反論した。
 さらに、国民の多数が死刑を容認しているとして、執行停止は「適当ではない」とした。内閣府の5年に1回の世論調査では、国民の8割が死刑を「やむを得ない」とする結果が続いている。執行を停止すると、執行が再開した場合に「死刑囚の希望を捨て去ることになり、むしろ非人道的になる」とも述べた。

 国やテーマごとに人権問題を調査・報告する特別報告者は、「信頼できる情報」をもとに人権侵害のおそれがあると判断すれば政府や企業に通報する。今回は「拷問」「恣意的処刑」「プライバシー権」「女性差別」など6テーマの特別報告者の連名による通報となった。日本政府の回答を受け、近く「公に懸念を表明する」としている。

 国際人権団体アムネスティ・インターナショナル日本によると、世界199カ国・地域のうち死刑を廃止・停止しているのは昨年末の時点で144カ国。アジアでも減っており、今年9月には台湾の憲法裁判所が執行に厳格な手続きを求め、「実質的な死刑廃止」と評価されている。

(山本逸生、大滝哲彰)


「死刑当日告知は違憲」訴訟
高裁が審理差し戻し
大阪 
 朝日新聞 2025(令和7)年3月18日 

 死刑執行を当日朝本人に告げる今の運用は「適切な手続きによらなければ処罰されない」と定めた憲法31条に反するなどとして、死刑囚2人にが当日告知の執行を受け入れる義務がないことの確認などを国に求めた訴訟の控訴審判決で、大阪高裁(黒野功久裁判長)は17日、訴えを「不適法」として却下した一審・大阪地裁判決を取り消し、審理を差し戻した。

 高裁は、一審が「執行方法の違法性を訴える訴訟は、実質的に死刑判決の取り消しを求めるもので許されない」とした1961年の最高裁判例を当てはめ、訴えを門前払いとしたことの妥当性を検討した。
 この判例のケースは、刑法が定める絞首刑という執行そのものの違法性を刑事裁判から訴えてきたもので、告知時期という運用を問題視した今回とは事案が異なると指摘。「前日までの告知でも適法に執行することは十分可能」で、訴えを認めても死刑判決そのものを取り消すことにはならず、判例の適用は不当だと判断した。

国賠請求は棄却
 
一方で国家賠償の請求については、一審に続き棄却した。差し戻し後にきちんと審理がなされ、勝訴すれば「運用は改められ、当日告知は免れることが期待できる」と説明。「ただちに不法行為に当たるとは認められない」と結論づけた。
 判決後、原告側代理人の金子武嗣弁護士は「国は当日告知の是非について正面から向き合えというメッセージだ」と評価した。一審では違法性判断の前提となる情報を求めても国が応じず「議論が深まらなかった」とし、「国に求められるのは死刑の実態を明らかにすることだ」と話した。

(山本逸生)

朝日新聞 社説 2025・2・26

死刑制度と世論 多様な思い拾ってこそ


 究極の刑に対する人々の重層的な思いを、丁寧にくみ取る姿勢が求められている。死刑制度について5年に1回、政府が行う世論調査の結果が公表された。
 
存廃をめぐり「死刑もやむを得ない」を選んだ人が83・1%、「死刑は廃止すべきである」が16・5%。従来の面接法から今回、郵送法に変わり、単純に比較できないが、「死刑容認派」が大勢だった過去の調査と同じ傾向だ。
 容認派が挙げた理由は「廃止すれば被害者・家族の気持ちがおさまらない」「凶悪犯罪は命で償うべきだ」「廃止すると凶悪犯罪が増える」がいずれも50~60%台で上位だった。廃止派は「誤判があったら取り返しがつかない」が7割超で最も多く、昨年、死刑冤罪を再審でそそいだ袴田巌さんの影響も考えられる。

 存廃をめぐり上の二つの選択肢から選ばせる方法については、考えたことがなかった人を含め「死刑もやむを得ない」という表現に誘導しがちだと批判されてきたが、政府は今回も改めなかった。
 法務省側は「全面廃止すべきか、国民意識を把握する目的に照らせば合理的な質問だ」と説明している。確かに明確な廃止派の割合は、この質問でわかるかもしれない。

 一方で、「死刑もやむを得ない」の8割強に、将来的にはどうか尋ねると、3分の1が「状況が変われば、将来的には廃止してもよい」と答え、いわば、「段階的廃止論」の人も一定数いると考えられる。死刑支持と政府がみなす人たちも、その態度の強さや前提を変えた場合の意見は一様でないと示すデータだ。
 死刑を廃止、あるいは執行せず事実上廃止した国が7割を超え、国家が刑罰として人命を奪うことへの疑念が向けられるなか、日本政府は国内外に「死刑制度への世論の強い指示」を強調してきた。
 ただ、日本の死刑制度は徹底した秘密主義の下にある。実際はどんな刑罰か、知識や情報を基に市民が意見を交わし合う機会はほとんどない。

 残虐な刑を絶対的に禁止する憲法に絞首刑が違反しないと言い切れる根拠は何か、対象者は死刑執行までの日々をどう過ごしているのか――。情報公開を進め人々の議論を促す施策をとるのならともかく、このまま世論調査の結果で死刑制度を正当化し続けていいとは考えにくい。
 米国、日本以外の先進国はもっぱら政治のイニシアチブで死刑のない社会を確立した。民意の行方をただ眺めているのではなく、豊かな議論を主導していくことこそ、国会と政府の務めだ。 

















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