相模原市 障害者施設の殺傷事件を考える


2016.8.31/2016.12.23/2017.2.25/2017.4.23/2017.8.4/2018.2.22/2019.8.31/2020.4.30/2020.11.22/2021.12.24/2022.10.1/2024.2.17





 神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で平成28年7月26日未明、刃物を持った男が入所者らを襲い、19人が死亡、 26人がけがをした。

 事件の容疑者(26)は、この施設に勤務していた元職員で、「障害者は生きていてもしょうがいない。安楽死させた方がよい」と発言。施設から相談を受けた警察が市に通報し、緊急で措置入院が決まった。12日後には指定医が「他害の恐れがなくなった」として措置を解除。容疑者は退院し、その後、凶行に及んだ。
 市は個人情報だとして、退院を園にも警察にも伝えなかったという。

 精神保健福祉法により都道府県知事、政令指定市長は、精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めたときは、二人以上の指定医の診察を経て、その者を本人の同意なしに国等の設置した精神科病院又は指定病院に入院をさせることができる。しかし現行の精神保健福祉法は退院後に行うフォローを義務づける規定がなく、相模原市は受診状況を把握していなかったという。




◆以上のことは、事件当初の新聞報道等から得た情報であるが、容疑者は、措置入院をした精神障害者であり、退院後のフォローが不十分であったために起こった事件だというニュアンスの扱いになっている。果たしてそうであろうか。この事件にはもっと深いものがあるように思う。

◆その後の報道等から経過をたどると、この事件には明らかな計画性があり、予兆もあった。なぜこのような事件が起きたのか、本事件についての専門的な検証や分析はきわめて重要なことと考える。





朝日新聞をもとに作成

《事件に至る経緯の概略》
《措置入院をめぐる問題》
《被害者の氏名を公表しないことについて》
《障害児者の施設や団体に衝撃》
《相模原事件が投げかけるもの》
《措置入院の対応で「精神保健指定医」の資格不正取得問題》
《津久井やまゆり園の対応》
《殺傷事件 犯行予告から1年》

《事件の裁判》
やまゆり園事件 横浜地裁判決(要旨)

《横浜地裁の判決公判の様子から考える》
刑罰について
《「死刑」判決の理由を考える》





《事件に至る経緯の概略》

重度障害者 標的か 「意思疎通できぬ人刺した」
 衆議院議長宛て 事件におわす  
  朝日新聞 2016(平成28)年7月27日

凶行 予兆あった 相模原殺傷容疑者 5カ月前「障害者生きていても無駄」
 措置入院 退院後フォローなし   
朝日新聞 2016(平成28)年7月27日


障害者見下す態度 激化
 園が会見 容疑者、諭しても拒否 辞表   朝日新聞 2016(平成28)年7月28日
 相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」が27日、事件後初めて記者会見を開いた。
 園長らは、植松聖(さとし)容疑者(26)が園の職員として働き始めてから事件が起きるまでの経緯を神奈川県庁で説明した。

措置入院 退院後ケアは  相模原殺傷 政府が再発防止策検討
 継続的な体制づくり探る 人権侵害・差別の懸念も    朝日新聞 2016(平成28)年7月29日

 殺傷事件を受け、 政府は28日に関係閣僚会議を開き、再発防止策の検討に入った。措置入院のあり方が焦点で、現状ではない「退院後のフォローアップ体制」が課題となる。一方、監視にもつながりかねないため、人権侵害や偏見を助長する懸念もある。

予兆 危機共有に溝 
 相模原殺傷事件から1週間    
朝日新聞 2016(平成28)年8月3日
 事件は、発生から1週間を迎えた。容疑者は神奈川県警の調べに、「2月に事件を起こすことを思いついた」と供述しているという。県警のほか、相模原市や園の対応は適切だったのか。一連の経緯を検証すると、情報共有の難しさが浮かび上がる。

襲撃示唆 受け止めに温度差

 「障害者総勢470名を抹殺する」。2月15日、容疑者が衆院議長公邸に持参した手紙には、やまゆり園など2施設で入所者を殺害するという内容の「作戦」が記されていた。
 警視庁麹町署は神奈川県警津久井署に連絡。県警によると、翌16日に署は手紙の内容を園に口頭で伝えた。「私信であり、容疑者と園の雇用関係に影響することも考慮して園に手紙は見せなかったと県警は説明。施設の名を挙げ、夜間の襲撃を示唆していることも伝えたというが、園では「利用者に危害を加えるというまでの危機意識はなかった」といい、受け止めには温度差があった。
 署は夜間に周辺のパトロールを開始。18日には園から「容疑者を面接した結果次第で解雇する。どんな行動をするかわからない」と連絡を受けた。19日の面接でも「抹殺」「安楽死」といった言動があったため、終了後に署は園内で警察官職務執行法に基づいて容疑者を保護。「自らや他人を傷つける恐れがある精神錯乱者だ」と判断して市に通報し、市内の病院に緊急措置入院した。
 3月2日の退院後、署は園から110番通報があった場合にすぐわかるように、園と施設責任者の電話番号を登録し、園に防犯カメラの設置を助言したという。

 (照屋健、奥田薫子)

措置入院 退院は「個人情報」
 2月19日に1人の医師が容疑者を診察し緊急措置入院させた相模原市。22日には2人の医師が最診察し、正式な措置入院を決定。3月2日、「他人を傷つける恐れがなくなった」という医師1人の判断をもとに市は退院を市は個人情報だとして、退院を園にも警察にも伝えなかった。
 精神保健福祉法に基づく措置入院は、医療の適切な確保と人権の保護を目的とした制度で、犯罪を未然に防ぐための制度ではない。市精神保健福祉課の八木英次課長は「制度が整っておらず、どこまで情報を共有するか、判断は非常に難しい」と説明する。

(前田朱莉亜、白石陽一)


  容疑者(元職員)の事件に至る概略 (朝日新聞をもとに作成)
1990年 1月  誕生。その後、両親と暮らしながら、津久井やまゆり園近くの公立小・中学校に通う
 2012年 12月  民間企業を経て、やまゆり園で非常勤職員として働き始める
 2013年  4月   常勤職員に
 5~6月ごろ   入所者の手の甲に黒いペンで落書き
  2015年1月27日   背中に入れ墨をしていることがわかり、そのことについて、園が神奈川県警津久井署に相談
2月 6日   入れ墨を業務中に見せないようにすることなどを園長らが求める
  2016年2月15日   衆議院議長公邸で議長あての手紙を渡す。園の名を挙げ、入所者を襲撃するとの内容
  16日   警視庁から園に連絡があり、津久井署員が警戒強化のため園を訪問
  18日   園関係者に、「重度障害者の大量殺人はいつでも実行できる」などと発言
  19日   園の聞き取りに「自分は間違っていない」と主張し、自主退職が決定。署員が保護し、市が緊急措置入院をさせる。施設の鍵は返却させる
  20日   容疑者の尿から大麻の陽性反応  「ヒトラーの思想が降りてきた」と発言
  22日   精神保健指定医2人が診察し、正式に措置入院決定
  3月 2日  退院。「他人を傷つける恐れがなくなった」との医師の判断をもとに市は退院を決定
   3日   電話で園に退職の手続きについて問い合わせがある
   5日   警察署が防犯カメラの設置を指導
  4月26日   園が防犯カメラ16台を増設
  5月下旬  退職共済の書類提出のため来園 
  6月 4日   園内行事で職員による警備を強化
 7月25日  都内のホームセンターで結束バンドとハンマー購入。その後、知人の女性と都心の高級焼き肉店へ
    26日  事件発生


措置入院難題 相模原事件 厚労省が検証
  判断に限界 隔離回帰の恐れ   
朝日新聞 2016(平成28)年8月11日
 障害者施設での殺傷事件受け、厚生労働省は10日、再発防止策の検討に着手。最大の焦点は措置入院のあり方をどうするかだ。ただ、専門家は「医師の診察で他人に害を及ぼす恐れを完璧に判断するのは困難」と指摘。隔離・収容政策への回帰を危惧する。
 


相模原殺傷事件から1カ月、計画性があり、予兆はあった。
容疑者の行動が明らかになってきた。事件は未然に防げなかったのか。


措置入院「だまして退院」  
朝日新聞2016(平成医28)年8月26日 (1面)
 「『考えを改めます』とだましたら退院できた」。退院したばかりの容疑者の言葉に、友人の男性は驚いた。

相模原殺傷1カ月
 衆院議長公邸に手紙を持参。障害者の大量殺人をほのめかしたうえ、「心身喪失による無罪」と事件後の処遇を記していた。「逮捕後の監禁は最長で2年まで」とし、その後の「自由な人生」のために、新しい名前や美容整形、5億円の支援まで要求していた。
 同じ時期、「障害者が生きているのは無駄だ」などと書いたビラを、勤務先の「津久井やまゆり園」の周りで配り、園の聞き取りにも自説を曲げなかった。 両親が何度も諭したが、聞き入れなかった。

 「他者を傷つける恐れが非常に高い」との医師の診断をもとに、市は措置入院させた。病院では当初、興奮した様子で、「国から許可を得て、障害者を包丁で刺し殺さなければならない」などと話したという。医師は「殺人に及ぶリスクがある」と診断書に書き、他の入院患者への悪影響を懸念して、隔離された居室をあてがった。
 容疑者はドアを蹴ったり、大声を出したりしたが、退院までの流れについて説明を受けた翌日、粗暴な行為はなくなった。「入院時はおかしかった。大麻が原因ではないか」。そう話す容疑者に、医師は「症状が消失した」との診断を下し、退院させた。

(照屋健、奥田薫子)

事件予兆気づいたが  朝日新聞 2016(平成30)年8月26日 (2面)
 障害者を不当におとしめる容疑者の言動は措置入院後も続いていた。周囲はどう対応すべきだったのか。

障害者へ偏見 退院後も暴言繰り返す
 容疑者が都内の大学を卒業後、正規の職員として勤め始めたのは2013年春。 数カ月後、変化が起きる。「障害者って、生きていても無駄じゃないですか?」。思いがけない言葉を、施設で働く女性は冗談だと受け止めた。否定すると、真顔で「安楽死させた方がいいっすよね」と強く言い返された。腕をまくって入れ墨を見せるなど、勤務態度も変わっていった。
 友人の男性によると、措置入院先から退院した後、知人の披露宴の二次会でも、「障害者は殺した方がいい。それで世界は平和になる」と話した。
供述からにじむ計画性
 障害者に対する理不尽な言葉の一方で、神奈川県警の捜査では冷静な行動も浮かび上がっている。容疑者は最初に侵入した園東側の居住棟について、「女性しかいないとわかっていた。 男性職員がいると逃げられたり止められたりする恐れがあると思った」と供述しているという。乗り付けた自分の車のバンパーが壊れており、走行時に大きな音をたてるため、駐車場から離れた場所にとめた。金髪を隠すために、帽子をかぶったとも説明しているという。
 事件直後には、「世界が平和になりますように。beautiful Japan ! ! ! ! !」と自身のツイッターに投稿。このコメントは、スーツ姿の自身の写真とともに侵入前に用意していたものだった。「自分の主張を聞いてもらうには、スーツを着て、見た目がしっかりしていないといけない」「世界平和を呼びかけるメッセージを訴えたかった」 という趣旨の説明をしているという。


相模原事件 精神鑑定へ 
 横浜地検 責任能力見極め   
朝日新聞2016(平成28)年9月22日
 横浜地検は21日、殺人容疑で送検されている容疑者について、精神鑑定のための留置に入ったと発表した。横浜地裁に請求し、認められた。期間は来年(平成29年)1月23日までの予定で、地検は刑事責任能力の有無を見極めたうえで起訴するか判断する。
 容疑者は、調べに「障害者の安楽死を国が認めてくれないので、自分がやるしかないと思った」などと供述。鑑定では、こうした常軌を逸した考えに至った背景の分析が中心になるとみられる。幼少期からの言動や生育環境を調べるほか、衆院議長宛の手紙などに見て取れる妄想の程度や、大麻など事件当時の薬物の影響についても分析するとみられる。
 専門家によると、刑事責任能力を判断するポイントは、事件の計画性と妄想の程度とされる。 
      (古田寛也)

大学時代に介護実習「障害者怖い」
 鑑定留置では、容疑者の偏った考えがどのような経緯で生まれ、増幅したのかがポイントになる。
 容疑者は大学時代、特別支援学校や福祉施設で障害者の介護を経験していた。実習後、「頭ではわかるが、実際の現場では障害者がこわい、何を考えているかわからないという場面があった」「『彼らも人間です』という職員の言葉がとても印象に残る」などと周囲に語っていたという。
 2012年12月から津久井やまゆり園で働くうちに、障害者をおとしめる考えを隠さなくなった。両親は「間違った考えだ」と諭していたが、容疑者は聞く耳を持たず、時に激高したという。
 厚生労働省によると、今年3月に措置入院を解除された後は月に2~3回、東京八王子市の両親宅を訪れ、事件前の7月14日にも一緒に食事をしていた。この時は障害者に関する話題は出ず、両親は「措置入院の前よりも話しやすい」と感じたという。  (照屋健)


鑑定留置 倍増 裁判員制度始まり年500件超に
  責任能力判断しやすく  
朝日新聞2016(平成28)年9月23日

 刑事責任能力を判断するため、精神障害などの疑いがある容疑者を数カ月にわたって病院などで拘束する「鑑定留置」が急増している。市民が裁判に加わるようになり、判断しやすくする狙いが検察側にある。ただ、鑑定に携わる医師は不足しており、学会などが人材育成を急いでいる。
医師育成追いつかず
 大学院で養成する動きもある。東京医科歯科大の大学院は昨秋、国内で初めてという「犯罪精神医学専門チーム」を設けた。
鑑定留置
 刑事訴訟法に基づく手続きで、検察官が請求して裁判所が認める場合と、裁判所の職権による場合がある。鑑定では、成育歴や生活状況のほか、犯行の動機が了解できるかや計画性、違法性の認識などについて調べられ、その結果は捜査や裁判で刑事責任能力を判断する材料となる。勾留期間中に半日から1日で行われる「簡易鑑定」とは区別される。


 


《措置入院をめぐる問題》 

措置入院 退院は個人情報 
 情報の共有 限界ある    
朝日新聞 2016(平成28)年8月3日 
 2月19日に1人の医師が容疑者を診察し緊急措置入院させた相模原市は、22日に2人の医師の再診察で正式な措置入院を決定。3月2日、「他人を傷つける恐れがなくなったという医師1人の判断をもとに市は退院を決めた。市は個人情報だとして、退院を園にも警察にも伝えなかった。
 入院中には容疑者の尿から大麻の陽性反応が出たが、市は「大麻取締法では使用に関する明確な罰則規定がない」として、警察に通報していなかった。
 市によると、市内に居住先があれば、本人や家族が希望する場合に退院後も支援を続ける。退院後の通院状況などを確認する義務はなく、今回も追跡していなかった。
 法に基づく措置入院は、医療の適切な確保と人権の保護を目的とした制度で、犯罪を未然に防ぐための制度ではない。市精神保健福祉課八木英次課長は「制度は整っておらず、どこまで情報を共有するのか、判断は非常に難しい」と説明する。   

(前田朱莉亜、白石陽一)

   
情報の共有限界ある 京都産業大法学部の田村正博・客員教授(社会安全政策)の話
 まだ犯罪を起こしていない個人の情報を共有することには限界がある。措置入院の解除から事件までに約5カ月あり、容疑者を常に監視することや、市や園が危険人物とみなして広く情報を共有することには、人権上も法律上も別の問題が生じる可能性がある。
 報じられている事実以上の予兆がなかったとすれば、より踏み込んだ対応をするためには、社会的な議論が必要だろう。

措置入院 あり方検討開始
 自民・民進 殺傷事件 再発防止探る   朝日新聞2016(平成28)年8月3日
 

 相模原市の障害者施設で起きた殺傷事件を受けて、自民・民進の両党は、それぞれ再発防止に向けた検討を始めた。政府内で始まった議論と同様に措置入院のあり方が焦点で、会合に出席した障害者団体からは、障害者を排除する社会へ逆戻りしないよう求める意見が相次いだ。
 自民党は 「退院後のフォローアップ体制」、措置入院解除後も通院を義務づける仕組みづくりを検討する。「犯罪をほのめかした人物にGPS(全地球測位システム)を埋め込むようなことを議論すべきだ」という人権に関わりかねない意見もある。
 民進党は 障害者やその家族らの団体から意見を聞いた。「精神医療は治安維持のためではない」「地域で暮らすのが本来の姿」といった意見が相次ぎ、障害者インターナショナル日本会議の尾上浩二副議長は「殺されていい命はない。優生思想を許す雰囲気に目を向けることこそ本当の再発防止策だ」と強調した。     (久永隆一)

退院後継続ケア検討
 措置入院 人権とバランス課題    朝日新聞 2016(平成28)年8月26日

 厚生労働省は、今月10日に検証・再発防止検討チームを設置。焦点は、措置入院を終えた後もケアを続ける仕組みづくりだ。塩崎恭久厚労相は、独自の支援体制を4月に始めた兵庫県を視察し、「全国統一の制度も必要かと思った」と強調した。

 医師や保健婦らでつくる兵庫県の「継続支援チーム」は、措置入院中から患者と関わって信頼関係を築く。 退院後も必要と判断した期間は面会を続け、治療の中断や孤立化を防ぐ。兵庫県は非常勤の職員を増やして人員を強化した。ただ、対象者が別の自治体に転居すれば継続できない。そこで塩崎氏は、この仕組みを全国に広げることに意欲を示す。   
 最大の課題は患者の人権とのバランスだ。検討チームでは、有識者が「措置解除後のフォローアップについては、患者の人権を踏まえた検討が必要」と指摘。

 1950年に精神科病院への隔離収容という位置づけで始まった措置入院は、当時の厚生省通達で「公安上、必要とする強制的な措置」とされ、犯罪予防の色が濃かった。その後、患者の人権や社会復帰が重視されるようになり、厚労省が「入院医療中心から地域生活中心へ」と方針を変えたのは2004年になってからだった。
 こうした経緯から、ある与党議員は「厚労省は犯罪予防のためではなく、支え合う社会を目指すための支援強化であるというメッセージをはっきり打ち出すべきだ」と釘を刺す。


   精神障害者政策をめぐる経緯 (朝日新聞をもとに作成)      
 1950年  精神衛生法が施行され 措置入院制度を新設。自宅や物置に監禁する「私宅監置」は廃止
 84年  病院スタッフが 入院患者を暴行死させる宇都宮病院事件が発覚し、人権擁護の観点から精神衛生法の改正を求める声が高まる
 87年  精神衛生法を精神保健法に改称し、法の目的に「社会復帰」を明記 
 95年  精神保健福祉法に改称して「自立」「社会参加」に向けた支援を掲げる
 2004年  厚生労働省が改革ビジョンをまとめ、「入院医療中心から地域生活中心へ」 と 政策転換


 (久永隆一)

措置入院中の対応「不十分」
 相模原事件検証 薬物の専門性欠落   
朝日新聞 2016(平成28)年9月15日 (1面)
 厚生労働省は、14日、殺人容疑で再逮捕された元職員の容疑者が措置入院していた病院や相模原市の対応を不十分」とする検証結果を公表した。

厚労省「制度見直し必要」
 有識者9人による厚労省の検証・再発防止策検討チーム(座長=山本輝之成城大教授)がまとめた。検証結果を踏まえ、再発防止策の検討に入る。
 検証によると、措置入院をした容疑者は「大麻使用による精神および行動の障害」と診断されたが、病院側に薬物による精神障害の専門性が不足しており「診断や入院期間を短縮するなどの対応にも影響した可能性がある」と対応に疑問を示した。そのうえで、大麻使用による精神障害のみで「『障害者を刺し殺さなければならない』という発言が生じることは考えにくい」として、入院中に生活歴の調査や心理検査を行うことで診断や治療が異なった可能性も指摘した。
 一方、措置入院を判断した2人の指定医のうち1人は不正に指定医の資格を取った疑いがあり、資格を失った。「信頼を損ねたことは重大な問題だが、医学的判断は標準的」として判断自体は問題視しなかった。
 措置入院の解除時に病院が相模原市に提出した「症状消退届」には退院後の支援策が記入されず、市も詳細を確認せず解除を決めている。退院後の継続的な支援は精神保健福祉法で義務づけられていないが、再発防止に向けて「制度的対応が必要不可欠」と求めた。

(井上充昌、照屋健)


退院後のケアも不足 支援計画 空欄■自治体 情報共有せず
  継続支援 体制づくりへ    
朝日新聞 2016(平成28)年9月15日 (2面)
 検証結果では「そううつ病やパーソナリティ障害の可能性を考えて心理検査などを行えば、本人に応じた支援体制がつくれた可能性がある」と指摘。さらに、入院中から退院後の治療方針を検討していなかったことも問題視している。その象徴が、退院時に病院が相模原市に提出した「症状消退届」だ。この届には退院後の支援計画を記入する欄があるが、空欄になっていた。仮に大麻の使用を防ぐ必要性を記入していれば、書類を受け取った市が医療的な支援をできた可能性がある。容疑者は逮捕時の検査で、大麻の成分が検出されている。

 関係機関による情報共有にも問題があった。容疑者が退院後、相模原市に住み続けていたことは市の生活保護担当部局は把握していたが、措置入院の担当部署には伝わらず、引っ越し先とされた東京都八王子市にも連絡していなかった。検証では「本人の理解を前提に自治体間での情報共有」の必要性を求めた。
 検討チームは入院中の対応を「不十分」とする一方、措置入院を解除されて退院した後の支援体制づくりについては「現行の運用改善のみならず制度的対応が必要不可欠だ」と強く求めた。
 厚労省は今回の検証結果を受けて、措置入院解除後も継続的に支援する体制づくりに入る。兵庫県の「継続支援チーム」をモデルに導入したい考えだ。

 支援チームは、兵庫県洲本市で起きた刺殺事件で措置入院を経験した男が殺人容疑で逮捕されたことをきっかけに、今年4月に発足。県が設置した13の保健所ごとに配置されている。
 明石保健所のチームは保健師4人、医師1人が中心メンバー。措置入院している人や経験者だけでなく、家族らの同意を得て入院させる「医療保護入院」の患者にも対応しており、今は6人を担当している。
 本人や家族を交えたケア会議を随時開催。退院して地域に戻った後の暮らしが安定するように、通院する医療機関や訪問看護、ヘルパーの利用回数などを助言する。本人や家族の意向も踏まえて手厚い対応をしているが、精神症状が安定せず、入退院を繰り返す人もいる。そのため、ほぼすべてのケースで支援を終える時期が見通せないという。このままではチームが関わるケースが累積して、担当する保健師らが不足することは確実な状況だ。県の担当者は「行政だけでずっと抱えれば、マンパワー不足になるのは目に見えている。行政が完全に手を引くことはないが、支援の中心を医療機関などに移すことを検討する必要もある」と話している。

 退院後も支援を続けることには、人権との兼ね合いを心配する声も多い。障害者や家族、支援者らでつくるNPO法人日本障害者協議会の藤井克徳代表(67)は「このままでは個人の監視を強めることになりかねない」と懸念。検証結果で指摘した内容について「これらを改善して本当に事件が防げるのだろうか」と疑問視する。
 検討チームは「事件は極めて特異なもので、地域で生活する精神障害者に偏見や差別の目が向けられることは断じてあってはならない」と総括。だが、藤井さんは、それを実現させるための具体策があげられていないことが気がかりという。

(井上充昌、久永隆一)




《措置入院をめぐる問題を考えるキーワード》

ストレスと精神疾患と精神障害   病気と障害   異常と正常  特異性と優劣  優劣の異常性  優生思想  偏見 差別
本音とたてまえ  人権侵害  人権保護   個人情報保護  
ヘイトクライム
(人種、民族、宗教、性的指向など社会的マイノリティに対する偏見や憎悪が元で引き起こされる暴行等 の犯罪行為)
無知  思考や思想の自由  正気と狂気  計画的殺人は正気か狂気か  戦争における殺傷とは  戦争は正気か狂気か 
エゴとテロ  倫理と理性  理性と感情  共生社会  この子らを世の光に  障害者差別解消法  合理的配慮 






《被害者の氏名を公表しないことについて》


差別や偏見に苦しんできた
 被害者匿名 家族ら葛藤  朝日新聞2016(平成28)年7月30日

 今回の事件で、神奈川県警は犠牲者やけが人の氏名を公表していない。
 各地の警察は事件の犠牲者の氏名を原則公表している。 非公表とする今回の対応は「例外的」と認めたうえで、「施設の特性があり、遺族のプライバシー保護の強い要望があった事情を踏まえた」と説明する。



≪実名か匿名か≫  朝日新聞2016(平成28)年10月1日

相模原事件 取材側の思い
 「その人だけの人生がある」伝えたい  中島・横浜総局次長

◯これだけの重大事件で名前が発表されないのは極めて異例だ。
◯匿名発表については、県警の記者クラブで何度も総会を開いて、「警察発表は実名が原則。匿名にするかどうかは報道機関の責任で判断す る」と申し入れた。「知りうる限りを読者に」という思いで早朝から深夜まで走ったが、取材は困難だった。
◯朝日新聞は記者行動基準や事件報道の指針となる冊子「事件の取材と報道」で実名報道の原則を掲げ、いずれも公表している。「伝えるべき事実の核心」「人としての存在感が伝わる」「捜査のチェックに不可欠」などの考え方からで、少年事件や性犯罪被害者などで例外的に匿名とすることを定めてきた。だが、こうした考えが広く読者や社会の理解を得られるか、今は心もとない。そこで事件報道の見直しに取り組んでいる。
◯背景には、警察や役所の匿名発表の増加とネット社会の進展がある。2005年に閣議決定された犯罪被害者等基本計画で、実名を発表するかどうかを警察が個々の事件で判断することになった。日本新聞協会などが、こうした方針を容認できない、とする共同声明を発表しているが、見直しの動きはない。また、ネットでプライバシーが暴かれることへの不安から、当事者が名前を伏せてほしいと思うのも特別なことではなくなってきた。

 ただ、匿名とすることで、一人の人間・人格として尊重されない社会を容認し、差別意識の固定化あるいは助長につながってしまうという懸念を持っている。「書いて人権を守る」の姿勢を貫きたい。取材に批判があるのも承知しているが、遺族の言葉の重みも経験から知っている。警察の実名発表は必要で、こうした考え方を理解してもらうには、愚直に説明を続けていくしかないと考えている。
◯薬害エイズも、ハンセン病も実名を出して声を上げた人がいたから社会が変わっていった。今回の事件でも、被害者19人の遺族の誰かから声が上がれば変わっていくと思っている。
◯朝日新聞の記者行動基準で情報源について三つの原則を設けている。情報の出所は可能な限り明示する、情報源の秘匿を約束したときはそれを守る、オフレコ(オフ・ザ・レコード)を安易に約束しない、だ。
◯実名で報道するのは三つの意味がある。一つは本人にとって「人格のしるし」であること。二つ目は家族にとって「生きた証し」であること。三つ目は社会にとって「リアリティーに迫って考えられる」ことだ。

読者代表のパブリックエディターの意見
 取材相手の立場しっかり守って 湯浅さん 〈湯浅 誠:社会活動家、法政大教授。1969年生まれ。〉
◯この事件で当初は「実名報道すべきだ」と思っていた。被害者の方が「消される」感じがしたからだ。今は「時間をかけて実名報道できる環境を整えるべきで、かつその態勢も伝えていく必要がある」という考えに変わっている。「施設に預けるのは親・家族の責任放棄」という考えは今も根強くある。相模原事件の多くの遺族が「そっとしておいてほしい」と願うのは想像に難くない。
◯実名とする理由をかつてよりも厳しく問う必要があるし、名前を出すからには取材相手の立場をどう守るかをしっかりしないといけない。
◯今回の事件で「匿名であること」がいろいろなことを語っている。パラリンピックを見ていると、障害者への理解が進んだ気にもなるが、根っこの方は微動だにしていないことがこの事件によってよくわかった。


ネットで踏み込まれるプライバシー 小島さん 〈小島慶子:タレント、エッセイスト。1972年生まれ。〉
◯警察に実名発表を求めることは大事だ。しかし実名で報道するべきかどうかは別問題だ。被害者遺族たちは身内を亡くして耐えがたい思いをしているのに、さらに新聞に名前が出ることで、「さらし者」になるのを恐れているのではないか。被害者や遺族、読者に納得できる説明が必要だ。
◯報じる際には、インターネット環境の存在を考えなくてはいけない。そこでは無数の匿名の書き手がいる。「プロ」が真剣に報道のルールを整備しても、ネット空間では、匿名の者が好き勝手に犯罪被害者のプライバシーに踏み込むことが後を絶たない。
◯報じた内容だけでなく取材の手法にも触れたい。記者は遺族の近所で、「(相模原事件で被害に遭った○○さんのことを知りませんでしたか」と聞いて回っていなかったか。そのしかたによっては、被害者家族のプライバシーが周囲に知られることになってしまわないか。

「名前書くことで人権守る」を支持 河野さん 〈河野通和:「考える人」(新潮社)編集長。1953年生まれ。〉
◯なぜ起きたのか、どうしたら防げるのか、社会としてどう克服していくのか。それに向き合うのが報道の目的だ。今回、警察が被害者を「A子さん」「K男さん」といった記号で発表したことにショックを受けた。死が数でしか語られない悲しさを私たちは知っている。
◯犠牲者には高齢者が目立つ。1996年に優生保護法が母体保護法に改正される前からいた人もいるだろう。当時は障害者への偏見が今以上にあったのだから、実名の開示に警戒感をより強く抱いているのではないか。
◯マスコミ報道に対する批判的な見方が根強くある。「人の不幸をメシの種にしている」「人の迷惑を顧みず、お祭りのように騒いでいる」といったものだ。




《障害児者の施設や団体に衝撃》

「共生 逆戻りしないで」
 相模原殺傷 障害者団体、懸念  
朝日新聞 2016(平成28)年7月30日 

 相模原市の「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件は、地域と歩んできた同様の施設や団体に衝撃を与えた。 「施設の防犯をどうするか。とても難しい課題を突きつけられた」。神奈川県重症心身障害児(者)を守る会の伊藤光子会長は語る。 伊藤さんによると、障害者施設を取り巻く環境はこの10年近くで大きく変わった。地域への開放が進み、街の中で障害者が生活するグループホームも増えた。 4月には、障害のある人もない人も同じように暮らせる社会を目指す「障害者差別解消法」が施行された。「安全性はもちろん大事だけど、障害者と健常者が共生する社会への取り組みは、絶対に逆戻りしないでほしい」
 「障害者は生きていてもしょうがない」。逮捕された植松聖容疑者(26)は周囲にこう話していたという。川崎市自閉症協会の明石洋子会長(70)は「本当に許せない発言。 障害者にも人格があり、人生がある」と強調する。だが、事件後、ネットで「障害者はいらない」「税金泥棒だ」といった容疑者に賛同するような投稿をいくつも見た。「(容疑者の発言が)世間の声を代弁しているのか」と悩む会員もいる。「障害者との共生とは何か、いま一度社会で考えてほしい」と話す。
 重度重複障害児者余暇活動支援グループ(厚木市)の入谷眞理子代表(61)も「これまで施設内の虐待などが議論されてきたが、今回はもっと違う次元で障害者に対する社会の見方を見直すきっかけにしなくては」と訴える。




《相模原事件が投げかけるもの》

優生思想 連鎖する怖さ  
 ナチスの安楽死、「普通の医師が加担」   
朝日新聞 2016(平成28)年8月25日
 「目標は重複障害者が安楽死できる世界」。容疑者が衆院議長あての手紙に記したとされる言葉は、障害者の命と尊厳をないがしろにした過去の思想と政策を思い起こさせる。歴史を見つめ、事件が投げかけるものを考える。

 ヒトラーの思想が降りてきた―。 容疑者は関係者にそう語ったという。 ナチスドイツは障害のある人を「価値なき生命」とみなし、「安楽死」計画(T4作戦)を遂行した。ガス室、薬物などで殺戮された犠牲者は最終的に20万人以上という。これに先立つ「遺伝病子孫予防法」で40万人が断種させられた。障害者の大量殺戮は、後にユダヤ人の大虐殺の原型になったとされている。
 ドイツ・ハダマーの精神科病院には障害者を殺戮したガス室跡が残る。現地の説明では、シャワーを浴びると言われて裸にされ、1回50人が同時に殺された。死亡後、金歯などが抜き取られたという。


経済の混乱も背景

各地にあった考え

(編集委員・清川卓史、長富由希子)



「優生」消えても残る偏見
 法改正20年 「健康な子を」圧力なお  朝日新聞2016(平成28)年8月26日

 「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」。そう明記した法律が、1990年代半ばまで日本にもあった。
 旧優生保護法は「不良な子孫の出生を防止する」ことなどを目的に、戦後の48年に施行された。都道府県優生保護法審査会の決定などを条件に、強制的な不妊手術もできた。厚生省(当時)は「真にやむを得ない限度」において、身体を拘束したり、麻酔薬を使ったりといった手段が許される場合がある、と通知していた。
 厚生労働省によると、本人の同意が必要とされなかった不妊手術は、49年から92年までに計約1万6500件あったという。

障害者ら抗議の声
 70年前後から、障害者から抗議の声があがり、同法への激しい反対運動が起きる。きっかけは、胎児の障害を理由に中絶を認める優生保護法改正案が国会に提出されたことだった。
 改正法案は廃案になり、その後、「優生」は障害者差別、との考えが社会に広まった。
 96年、国内外の批判を受け、優生という言葉や本人同意が不要な不妊手術の規定を削除し、優生保護法は母体保護法に改正。

 法改正から20年。今なお残る根強い偏見が顔をのぞかせる。相模原市の事件後、ネットには、容疑者の言葉への共感が書き込まれた。 東京都に住む脳性まひの男性(33)は、「障害者はいない方がいいという考えはこの世の中にあふれていて、今回の事件と根っこは共通だと思います」と打ち明ける。

出生前診断 悩む親
 出産前に障害の有無を調べる出生前診断の技術も高度化する。支援の仕組みが不十分な中で障害のある子を産み育てられるのか、診断を受けるべきかと、悩む親は少なくない。

(長富由希子、高重治香)


<参 考>
優生思想と強制不妊手術の実態 -旧優生保護法と強制不妊手術を巡る問題-
 





《措置入院の対応で
 「精神保健指定医」の資格不正取得問題》


 この度の事件で、措置入院を判断した2人の指定医のうち1人は不正に指定医の資格を取った疑いがあり、資格を失った。「信頼を損ねたことは重大な問題だが、医学的判断は標準的」として判断自体は問題視しなかった。 朝日新聞 2016(平成28)年9月15日 


〈精神保健指定医〉
 
精神保健福祉法に基づき、厚生労働相が指定する資格。精神障害者で自傷・他害の恐れがある患者を強制的に入院させる「措置入院」などの判断ができる。1987年に設けられた。


精神指定医89人 取り消し
 厚労省 資格不正取得巡り 地域医療へ影響懸念  朝日新聞2016(平成28)年10月27日

 厚労省によると、精神科などで働く医師は約1万6千人。うち、指定医の資格を持つのは約1万4700人。精神科医にはごく一般的な資格だ。不正の背景には、措置入院の判断など指定医にしか認められていない医療行為が多く、少しでも早く資格を取りたいという医師側の事情もある。
 病院側には、経営上の利点もある。厚労省によると、通院で精神療法を受ける場合の初診料は、一般の医師の1.5倍の診療報酬が得られる。また、5人以上の常勤の指定医がいると「精神科救急入院料」が得られるという。
 ある大学の精神科教授は「精神科病院や大学病院の1カ所だけで指定医を取ろうとすると、様々な症例を経験することが難しい」と指摘する。資格取得に必要な8症例のうち児童・思春期の精神障害の患者は大学病院に集まる一方、依存症の患者は専門的に診療する地域の病院などに集まりやすい傾向があるとされる。
 複数の指定医の取り消し処分が決まった医療機関では、精神科救急ができなくなるなど、地域医療に影響が及ぶ可能性もある。

精神指定医 人権扱う重み再認識  朝日新聞 社説 2016(平成28)年10月31日
 精神科医療への信頼を根底から崩しかねない事態である。法律に基づく精神保健指定医の資格を、89人もの医師が取り消されることになった。厚生労働省の調査で、自分が診療に深く関わったように装い症例数を水増ししていた医師が49人、その不正をチェックしなかった指導医が40人見つかった。このほか、調査が始まった後、自ら資格を返上した者も6人いた。

 医療は患者の同意に基づいて行われるのが大原則だ。だが指定医は、重い精神障害で入院治癒が必要と判断した場合、保護者の同意だけで患者を「医療保護入院」させられる。さらに、人を傷つける恐れなどがあると診断したときは、都道府県知事らの命令により「措置入院」とすることも可能だ。
 人の自由を奪う判断は、確かな人権意識と倫理観に裏打ちされたものでなければならない。資格の不正取得や見逃しが、人権をないがしろにし、倫理にもとる行いであるのは明らかだ。指定医という資格を、学会が認定する各種専門医と同じようなものと、とらえていたのではないかとの指摘もある。だとしたら考え違いも甚だしい。

 調査は、聖マリアンナ医科大学病院(川崎市)で昨年不正取得が発覚し、23人が資格を失ったことがきっかけだった。厚労省が近年の指定医の症例報告を洗い直したところ、12都府県の26病院で問題行為が見つかった。精神医療の中核病院や大学病院も名を連ねている。指定医になると処遇は上がり、病院にも診療報酬の上乗せなどの利点がある。不正の広がりの背景に、こうした事情もあったのだろうか。

 聖マリアンナ医大では資格取り消しに加え、不正取得者は1カ月、指導医は2カ月の業務停止処分を受けた。この間、医師活動はできず、病院も診療報酬の一部自主返納を進めている。
 今回も同様の措置が予想されるが、患者にとって、医師が突然代わったり、他の病院に通わなければならなくなったりするのは大きな負担だ。他の医療機関や行政とも連携をとりながら、影響を最小限におさえることに努めてもらいたい。
 厚労省の審議会の部会は、指定医資格の審査方法に欠陥があると認め、すでに口頭試験の導入などが提案されている。再発防止策を急ぐ必要がある。
 制度もさることながら、何より重要なのは、医師と病院の意識を改めることだ。教育や研修の充実などに早急にとり組み、社会との信頼を結び直さなければならない。




《津久井やまゆり園の対応》

相模原殺傷 県の第三者委報告  
朝日新聞2016(平成28)年11月25日(夕刊) 
 事件を受け、神奈川県が設置した第三者委員会(委員長=石渡和実・東洋英和女学院大教授)が25日、黒岩祐治知事に報告書を提出。
 園の運営を県から委託された指定管理者の社会福祉法人「かながわ共同会」が、利用者に危害が及ぶ恐れを事件前に認識しながら県に報告しないなど、対応が不十分だったと結論づげた。
■報告書のポイント
・津久井やまゆり園を運営する「かながわ共同会」は神奈川県警から提供された情報に対する評価を適切に行わず、事件発生や被害拡大を防止できなかった。
・園の幹部は「植松聖容疑者が大量殺人を行うために園に来る」という危険情報を認識しながら県に報告せず、指定管理者として不適切。
・共同会が県に報告していれば、警備態勢の拡充などで被害の発生や拡大を防止できた可能性があった。
・県警は園に必要な情報提供をしていだが、「入所者を抹殺する」などと書いた植松容疑者の手紙を園に示した方が、園の危機意識はより大きなものになった。
・県は防犯カメラの設置理由を園に確認せず、県警との情報共有もなかった。

厚生労働省:
 「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」の報告書を公表しました(平成28年12月8日)
  ◆報告書~再発防止策の提言)~
  ◆再発防止策の提言(概要)
 
 
 


《殺傷事件 犯行予告から1年》

相模原事件犯行予告から1年
 共生社会とは 国会で議論  
朝日新聞2017(平成29)年2月16日
 共生社会のあり方を議論する参考人質疑が15日、参院国民生活・経済調査会であった。容疑者が衆院議長宛の犯行予告を届けてからちょうど1年。ようやく国会が動き出した。
 事件発生後、民進、共産が談話を出したり、公明がプロジェクトチームを設置したりしたが、各党幹部の発信は乏しく、国会での議論は散発的だ。再発防止のための精神保健福祉法改正案を今国会に提出する安倍晋三首相も、1月の施政方針演説で「決してあってはならない事件であり、断じて許せません」と容疑者を非難するにとどまった。
   (南彰)


相模原殺傷 起訴へ  
 容疑者精神鑑定「完全な責任能力」 パーソナリティ障害と診断  朝日新聞 2017(平成29)年2月21日

 植松容疑者は事件前、「障害者総勢470名を殺傷できる」などと記した衆院議長宛の手紙を出していた。事件後の行動について、「抹殺した後は自首」「心神喪失による無罪」などと計画性がうかがえる記述もしていた。神奈川県警による逮捕後には、「意思疎通のできない人は不幸しかつくれない」「障害者を殺害したのは日本のため」などと独善的な供述をしていた。
 専門医などによると、パーソナリティー障害は考え方や感情などが偏っている状態をいう。刑事責任能力を減じる精神病や意識障害とは区別される場合が多い。
 地検は昨年9月21日から、精神鑑定のための留置を実施。当初は1月23日までの予定だったが、今月23日まで延長し、刑事責任能力の有無を慎重に見極めてきた。その結果、社会的評価は別として、容疑者の中では一貫した論理になっていると判断。と容疑者を非難するにとどまった。善悪を判断して行動を制御する刑事責任能力はあったと結論づけたと見られる。    

(古田寛也 伊藤和也)





《事件の裁判》


45人殺傷 無罪を主張
 やまゆり園事件初公判 責任能力焦点  
朝日新聞2020(令和2)年1月9日(1面)

 殺人罪などの罪に問われた元職員植松聖(さとし)被告(29)の裁判員裁判の初公判が8日、横浜地裁(青沼潔裁判長)であった。弁護側は「被告は大麻の乱用で精神障害を発症し、事件当時は別の人になっていた」として、心神喪失で無罪、または心神耗弱で減刑されるべきだと主張した。
▶14面=社説、25面=共生とは、29面=冒頭陳述要旨、31面=暴れて退廷

 被告と弁護側は事実関係を争わず、刑事責任能力の有無や程度が最大の焦点になる。被告は罪状認否の後に指をかみ切るような行動をとり、退廷させられた。

 検察側は冒頭陳述で、被告が園で働く中で、「障害者にかかるお金をほかに回した方がよいので、意思疎通のできない障害者は殺した方がよい」と考え始めたとした。これは「病的妄想ではなく特異な考え方」で、大麻の影響も事件を起こす決意が強まったり、実行する時期を早めたりしたにとどまると主張した。
 職員が少ない夜間を狙うなど、計画的に行動していることや、違法性を認識して自首していることなどから、善悪を判断し行動を制御する、完全な刑事責任能力があったと訴えた。

 一方、弁護側は被告が大学時代に脱法ハーブを使い始め、13年以降、週4~5日は大麻を使っていたと指摘。薬物の影響で人柄が一変し、15年末からは「障害者を殺す」「自分は選ばれた人間で、伝説の指導者だ」という発言を繰り返すようになったとした。
 こうしたことから弁護側は、被告は事件当時、大麻精神病や妄想性障害などの精神障害だった疑いがあると主張。裁判員に「刑事責任能力を慎重に判断してほしい」と求めた。
 判決は3月16日に言い渡される予定。

(山下寛久)

14面=社説
「やまゆり」裁判 歪んだ意識に向き合う 

 被害のあまりの大きさとともに、植松聖(さとし)被告が逮捕直後から繰り返し語った「障害者は生きていても仕方ない」という言葉が、社会に衝撃をもたらした。犯行の根底にひそむものはいったい何なのか。公判を改めて考える機会としたい。

 被告は起訴内容を認め、「深くおわびします」と述べた。だが直後に首付近を両手で押さえるような動作をして刑務官に制止され、その後の法廷は被告不在のまま進むという異例の展開となった。弁護側は、事件当時の被告は大麻や精神疾患の影響で自らを制御できなかったと主張。刑事裁判としては責任能力の有無や程度が争点となる。

 被告は勾留中にメディアの取材に積極的に応じた。自分の行動は正しかったと主張し続け、そうした考えをもつに至った経緯も一部語ってきた。だが、園の職員として障害者と日常的に接し、相応の知識も持っていた被告が、なぜ歪んだ意識を膨らませたのか。最後に凶行に走らせたものは何だったのか。生まれ育った環境と何かしらの関連はあるのか――など判然としない点も多い。
 今後、被害者の家族が被告に直接問いかける場面もあるようだ。わずかでも疑問の解明につながるような審理を期待したい。

 法定では、被害者の大半を甲A、乙Bと匿名で呼ぶことが決まっている。傍聴席の一部が板で隠され、遺族らは他の傍聴者の目を避けてそこに座った。何の落ち度もない被害者が、偏見や差別を恐れてこうした措置を求めざるを得ない。事件を被告一人の特異さだけに押し込められない、社会の実情を映す光景といっていいだろう。
 
 面会した記者に被告は「(社会の)役に立ちたかった」と犯行動機の一端を語っている。考え違いというほかないが、一方で、まさに役に立つか、効率がよいか、コストに見合うかといった物差しで、かけがえのない命でさえも測ろうとする風潮は、確かにある。

 不良な子孫の出生を防ぐという名分のもと、障害者や病気のある人に不妊手術を強いてきた長い歴史が省みられ、償いが始まったのは昨年のことだ。そのための法律には、共生社会の実現に向けて努力することが明記された。だが、障害者が暮らす施設をつくろうとすると、地域に反対の旗が立つ。そんな現実が依然としてある。
 一人ひとりの、そして社会の深淵にある差別に向き合い、問い続ける。事件が突き付けた課題は、重く、大きい。

31面=暴れて退廷
おわび一転 暴れて退廷/被告不在 異例の初公判
 横浜地裁で始まった植松聖(さとし)被告(29)に対する裁判は、被告が不規則な行動をとって退廷させられる異例の展開となった。事件当時に善悪を判断し行動する能力はあったのか、検察側、弁護側の主張が鋭く対立した。


「話せるのか」確認し襲う
 やまゆり園の各部屋 職員連れまわす  
朝日新聞2020(令和2)年1月11日 
 殺人罪などの罪に問われた元職員植松聖(29)の第2回公判が10日、横浜地裁であった。事件の際、被告に連れ回された職員の供述調書も読み上げられ、被告が「しゃべれるのか」と確認しながら、話せない人を狙って襲った様子が明らかにされた。検察側は被告が「意思疎通のできない障害者を殺そう」と考え、事件を起こしたと主張している。

植松被告、自傷防止に手袋

 被告は8日の初公判で小指をかみ切るような行動をして取り押さえられ、退廷を命じられた。この日は審理の冒頭で青沼潔裁判長が「不規則な行動をすると退廷命令を発せざるを得ない。行動を慎まれたい」と注意。被告は「はい、わかりました」と答えた。分厚い手袋を両手につけており、地裁によると自傷防止のためという。

 続く証拠調べで検察官は、職員6人の供述調書を読み上げた。最初に被告と遭遇した職員は午前2時ごろ、園内の巡回中に、窓ガラスを割って侵入した直後の被告を見つけた。被告は職員の腕をつかんで「騒いだら殺す」と脅し、結束バンドで両手を縛った。

 遺族が名前を美帆さんと公表した女性(当時19)の部屋に職員は連れて行かれ、被告が「こいつはしゃべれるのか」と聞いた。職員が「しゃべれません」と答えると、被告は布団をはがして、数回包丁を振り下ろした。美帆さんは苦しそうな声を漏らしたという。

 被告はこの職員を連れ回し、他の部屋でも「しゃべれるのか」と聞いた。職員が「しゃべれます」と答えると次の部屋に向った。「こいつら生きていてもしょうがない」と話した。
 その後被告は職員を結束バンドで廊下の手すりに縛り付け、粘着テープで口をふさいだ。職員は「精神的ダメージを受けて通院し、外に出るのも怖く、男性の大きな声を聞くだけでビクッとなる」と振り返った。

  別の職員の供述調書も読み上げられた。さらに別の職員は、被告の意図に気づき、話せない人についても「しゃべれる」と答えた。だが、被告は被害者の様子を見て、「しゃべれないじゃん」と言って襲ったという。「入所者を守り切ることができず、自分を責める日々が続いている」と振り返った。
 弁護側は冒頭陳述で、「被告は大麻精神病などで事件当時は別の人になっていた」として、心神喪失で無罪か心神耗弱で減刑されるべきだと主張している。

(山下寛久、岩本修弥、林瞬)


匿名審理 4万人に適用 08年以降
 公判では拘束された3人を含む被害者48人のうち、実名を希望した1人を除き、匿名で審理が進められている。障害者に対する差別を心配する遺族や被害者家族の意向などから、横浜地裁が決めた。
 「氏名、生年月日、住所などが明らかにならないよう万全の注意を」。10日の公判の冒頭で、青沼潔裁判長はこう呼びかけた。検察官は殺人の被害者は「甲」、殺人未遂の被害者は「乙」、縛られるなどした職員は「丙」とし、それぞれにアルファベットを組み合わせて呼び分けた。


 裁判は憲法に基づいて公開が原則で、多くは実名で審理されてきた。2007年に犯罪被害者保護の観点から刑事訴訟法が改正され、氏名や住所などの「被害者特定事項」を伏せることができるようになった。被害者の名誉や平穏が著しく害される恐れがある事件などに対して適用され、想定されたのは性犯罪や暴力団関係の犯罪被害者だ。
 司法統計や最高裁によると、08年から18年まで、全国の裁判所で、毎年延べ4千人前後、計4万1419人の秘匿決定があった。

 実名で審理されるのは、重傷を負った尾野一矢さん(46)で、父親の剛志さん(76)は「障害者への差別がなくなるように実名での審理を選んだ。全員が名前や顔を出して裁判に臨めるような世の中になってほしい」と話す。

(神宮司実玲、林知聡)


被告「自分は責任能力ある」
 やまゆり園事件 弁護方針に反対  
朝日新聞2020(令和2)年1月25日 

 第8回公判が24日、横浜地裁であり、初めての被告人質問が行われた。弁護側は被告に刑事責任能力はなかったとして無罪を主張しているが、植松被告は「責任能力を争うのは間違っている」。「自分は責任能力があると考えます」と述べ、弁護方針に反対した。

 この日は弁護側が質問した。被告の説明では「事件の1年ほど前から「社会に役立つことをしてお金を得よう」と考えた。
 やまゆり園職員として働き、利用者の家族が疲れ切っていると感じていた。日本の財政が借金だらけだと知り、「重度障害者がお金と時間を奪っている」と思ったと説明。意思疎通の取れない障害者について「安楽死させれば借金が減り、みんな幸せに生活できる」と思ったと述べた。
 障害者を殺害すれば人の役に立ち、お金がもらえると考えたとも話した。お金がもらえる理由を問われると、「どうやって入ってくるのか考えていないが、金をもらう権利があると考えた」と答えた。

 被告は事件の約半年前に衆院議長に宛てて、多数の障害者を殺害すると予告する手紙を書いている。この狙いについて「犯罪なので許可が必要だと思った」と説明。厳しい刑罰を予想しなかったのかという問いに「それよりも、やるべきだというのが強くあった」と答えた。
 被告は事件の3年ほど前から大麻を週2~4回ほど吸っていたといい、この日も「大麻は素晴らしい」と発言。弁護人が話題を変えようとすると「もう少し大麻の話をさせてください」と求める場面もあった。

(山下寛久、神宮司実玲、岩本修弥)


「差別意識、勤務経験から」
 植松被告公判 鑑定医が指摘   
朝日新聞2020(令和2)年2月8日
 殺人罪などの罪に問われた元職員の公判が7日、横浜地裁であった。地裁の依頼で被告の精神鑑定をした医師が出廷し、園で働いた経験と、共感性に欠けた人格が結びつき、重度障害者への偏見が生まれたと分析。被告に刑事責任能力があるとする、検察側の主張に沿った見解を述べた。
 出廷したのは、東京都立松沢病院の大沢達哉医師。大沢医師によると、同僚らの「分け隔てなく接していた」との証言などから、被告が園で働き始めた当初は障害者への偏見はなかったとみられる。だが、やがて「障害者は生きる意味がない」と言い始めた。

 被告が大沢医師に説明したところでは、利用者に暴力をふるう同僚がおり、先輩に「暴力はいけない」と相談したが「最初はそう思うよね」などと言われた。ほかにも、風呂でおぼれた利用者を助けたがお礼を言われなかったこと、面会にほとんど来ない家族がいたことなどから、被告は差別意識を抱くようになった。
 同時にオカルト的なカードゲームに傾倒。政治に関心を持ち、米大統領選の候補者だったトランプ氏らの過激な発言にも影響を受けた。現実的な判断力や共感性が乏しく、人を見下すもともとの人格とこれらがつながり、「障害者は要らない」との考えが生まれたと大沢医師は分析。「社会的に認められないが、正常心理に基づいて発生した強い考えだ」と述べた。
 津久井やまゆり園の入倉かおる園長(62)は取材に「職員の暴力は把握していない」と話した。

(土屋香乃子、神宮司実玲、山下寛久)


弁護側証人の医師
 「大麻乱用で高揚」  
朝日新聞2020(令和2)年2月11日

 第13回公判が10日、横浜地裁であった。弁護側証人の精神科医が、「被告は大麻乱用で病的に高揚し、自分の考えが現実的かを検討する能力が著しく低下していた」と説明。心神喪失か耗弱の状態だったとする、弁護側主張に沿った証言をした。

 証人は中山病院(千葉県市川市)の工藤行夫医師。地裁が起訴後に実施した精神鑑定の結果などを参照しながら、「やんちゃでお調子者」というのが、被告本来の性質だと分析。だが、2013年ごろから大麻を乱用し、「障害者を安楽死させるべきだ」などと述べて人が変わった状態になったと意見を述べた。
 
 その上で、「障害者を抹殺する」との思考や衆院議長に事件を予告する手紙で金銭支援を求めた行動は、大麻による病的な考えが現実的かを検討する能力が低下していることを示すと主張。短時間で多数を殺傷するにも並外れたエネルギーが必要で、事件全体が大麻精神病による気分高揚と、活動性の異常な高まりによるものだと結論づけた。
 
 検察側は大麻の影響はないか限定的で完全な責任能力があったと主張している。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の松本俊彦・薬物依存研究部長によると、大麻使用と刑事責任能力については、覚醒剤と比べて裁判で議論になった例が少ないという。


(土屋香乃子、神宮司実玲、山下寛久)

やまゆり園事件16日判決
 被告への大麻の影響 焦点   
朝日新聞2020(令和2)年3月14日

 元職員植松聖被告(30)に対する判決が16日、言い渡される。事実関係に争いはなく、刑事責任能力の有無と程度が唯一の争点だ。裁判員の判断を左右するのは、植松被告が常用していた大麻の影響をどう考えるかという点に絞られている。


   検察側、弁護側の主張 (朝日新聞をもとに作成)
 検 察 側   弁 護 側 
 反社会性の特徴があるパーソナリティー障害(人格の偏り)。大麻は直接的影響はなかった
事件当時の精神状態 大麻の影響により蓄積された脳のダメージで、慢性的な精神病状態にあった
 人格傾向を基礎に、障害者施設での勤務経験や見聞きした世界情勢を踏まえ到達した  動機の形成過程  「重度障害者はいらない」から「自分が殺害する」という考えへの発展には病的飛躍がある
 凶器やハンマーを購入するなど周到に準備
殺害対象や方法を状況に応じて合理的に判断し、計画性、合目的性がある
 事件当時の状 況 自分の考えが現実的か検討する能力が低下していた
短時間で多数を殺傷し、病的な高揚感がある
 大学以降、入れ墨や危険ドラッグの使用などで反社会的行動への抵抗感が減り、人格が反社会的になった。事件まで連続性がある  普段の人格との親和性 事件の1年ほど前に人格や行動様式が急激に変化した。町中でのケンカなど、問題行動はこれ以降に集中している


責任能力との関係 議論例少なく
 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の松本俊彦・薬物依存研究部長によると、大麻を使うと酩酊感や高揚感が表れ、繰り返すと一時的に幻想や妄想などの症状が出ることがある。使用をやめても症状が続くことがまれにある。大麻と刑事責任能力の関係は、覚醒剤に比べて刑事裁判で議論された例が少ないという。     

(土屋香乃子)



障害者19人殺害 死刑判決
 やまゆり園事件 責任能力認定  
朝日新聞2020(令和2)年3月17日 
 殺人罪などの罪に問われた元職員植松聖(30)に対する判決公判が16日、横浜地裁であった。青沼潔裁判長は、被告には事件当時、完全な刑事責任能力があったと認め、「犯行の結果は、甚だしく重大だ。酌量の余地は全くない」として求刑通り死刑を言い渡した。
▶12面=社説、37面=悲しみ変わらず

偏見抱いた経緯 未解明 横浜地裁
 判決は、被告が園で働く中で、激しい行動をとる障害者と接したことや、同僚が障害者を人間として扱っていないと感じたことから、重度障害者は家族や周囲を不幸にすると考えるようになったと指摘。過激な言動を重ねる海外の政治家を知り、「重度障害者を殺害すれば不幸が減る」「障害者に使われていた金が他に使えるようになり世界平和につながる」と考えたと動機を認定した。 

 障害者に対する差別的な被告の考えについて、判決は「到底是認できないが、病的な飛躍はない」とした。「大麻の合法化を考えていることからヤクザに狙われている」といった妄想もあったが限定的で、目的に沿って計画的に行動しており、完全な刑事責任能力があったと認めた。大麻を常用した影響で心神喪失か心神耗弱の状態にあったので無罪にするか減刑をするべきだ、との弁護側の主張を退けた。

 やまゆり園の園長や同僚らは公判で証言する機会がなく、動機の基礎と認定された園での経験や介護の実態について、事実関係の掘り下げはなかった。勤務開始当初は利用者を「かわいい」と言ったこともあった被告がなぜ障害者に対する偏見をもったのか、未解明の部分が残った。被告は公判で、「どんな判決でも控訴はしません」と述べている。

(山下寛久、神宮司実玲)


12面=社説
「やまゆり」判決 問い続ける責任 社会に

 相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件で、横浜地裁は殺人罪などの罪に問われた元職員の植松聖被告に死刑を言い渡した。
 刑事裁判としての争点は、被告の責任能力の有無と程度、長期常用していたとされる大麻の影響だった。これについて判決は、確たる動機にもとづいて計画的に犯行に及んでおり、完全な責任能力があったと述べ、弁護側の主張を退けた。

 なぜ19人もの障害者が命を絶たれ、職員を含む26人が重軽傷を負わねばならなかったのか。事件の規模や残虐性と合わせて社会が衝撃を受けたのは、被告の「障害者は不幸をつくる」といった言葉だった。このゆがんだ認識が生まれ、ふくらんでいった原因や背景が、裁判を通じて、その一端でも浮かぶことが期待された。

 しかし、それはかなわなかった。子ども時代に障害児の親が疲れきって見えたこと。施設で働く中で偏見が強まっていったこと。被告はそんな話を口にはしたが、被害者の家族の真摯な問いかけに向き合い、応じることは、ついになかった。

 「美帆」という19歳で亡くなった娘の名を明かして臨んだ母親は「私は娘がいてとても幸せでした」と話し、当時55歳だった男性の妹は「家族の誕生日にはカレンダーの日付を指さし、おめでとうという気持ちを表現してくれた」と語った。
 言語は不自由でも意思疎通はしっかり図られていたと、多くの人が捜査・公判を通じて明らかにし、日常のさりげないやり取りや、旅行したときの思い出でをふり返った。首などを刺され、けがをした男性の母親は「子どもの存在は、私を含め周囲の人を人間的に成長させてくれる」と述べ、被告の障害者像を真っ向から否定した。

 こうした訴えは、被告にとどまらず、社会全体に向けて発せられたとみるべきだろう。
 誰にもかけがえのない生があり、家族との幸せがある。頭で理解していても、障害者を差別し、過酷な境遇に置いてきた歴史が厳として存在し、その延長線上に事件が位置づけられると感じた人は少なくないはずだ。
 43歳の息子を殺害された母親は法廷で、「高齢になれば認知機能が衰え、会話が難しくなるかもしれない。事故や病気で、誰だって障害者になるかもしれないのです」と述べた。
 障害者と健常者とを隔てる線をなくし、誰もが個人として尊重される社会をどうつくるか。ボールは、いまに生きる一人ひとりの手の内にある。

37面=悲しみ変わらず
19の命 悲しみ変わらず やまゆり園事件 死刑判決
 無抵抗の19の命を奪った凶行から約3年8カ月。障害者への差別発言を繰り返した男に宣告されたのは、求刑通りの死刑判決だった。その意識はなぜ、どのように形成されたのか。判決を前向きに受け止めた遺族らにも最後まで明かされないまま、裁判は区切りを迎えた。

被告「最後に一つ」認められず閉廷 
 16日午後1時半前、植松聖被告(30)は横浜地裁の101号法廷に入った。背中まで伸びた長い髪を後ろで一つにまとめ、上下黒のスーツ姿。初公判で右手小指をかみ切るような動作をした右手の一部には包帯がまかれていた。傍聴券を求め、1603人が並んだ。
 青沼潔裁判長に促されると、植松被告は証言台の前に立った。青沼裁判長は「主文は最後に言い渡すことといたします。座って聞いてください」と告げた。それから約40分間、植松被告は判決理由を聞いた。

 「被告人を死刑に処する」。植松被告は裁判長が読み上げる主文をひざに手を置き、まっすぐ前を向いたまま聞いていた。裁判長が閉廷を告げると、「すみません、最後に一つだけ」と右手を挙げて発言を求めた。裁判長は認めず閉廷。植松被告は苦笑いを浮かべながら後ろの傍聴席を見て、記者らに会釈を繰り返した。

(神宮司実玲)

事件 風化しないよう/納得のいく判決 安堵
 事件で犠牲になった甲Eさん(当時60、女性)の弟(61)は「二度とこのような事件が起きないように、刑に対する踏み込んだ理由を裁判長に述べてほしかった。障害のある人が安心して暮らせることが、事件が風化しないことにつながると思う」と述べた。
 美帆さん(当時18)の母は、代理人弁護士を通じて19の命を無駄にしないよう生きていこうと思います」などとコメント。甲Sさん(当時43、男性)の母と姉も代理人弁護士を通じて、死刑という納得のいく判決が出て安堵しました。お彼岸も近いので、息子・弟のお墓に行って報告したいと思います」とコメントを出した。

 やまゆり園の入倉かおる園長(62)は「裁判の中で(事件)当日の話が出るたび、本当につらく切なかった。事件からずっと支えてくれた職員には感謝したい」と声を詰まらせた。被告について「働いていた時は、やんちゃだったが異質な人ではなかった。裁判では遠くかけ離れたようだった」と振り返った。
 園を運営する「かながわ共同会」の草光純二理事長(75)は、判決の中で事件の動機が「やまゆり園での勤務経験を基礎とした」とされたことに触れ、「内容を確認してから受け止め、再発防止、職員の育成に臨んでいきたい」と話した。

(斎藤茂洋、林知聡、岩堀滋)

被告「控訴しない」
 やまゆり園事件 改めて発言  
朝日新聞2020(令和2)年3月25日
 横浜地裁の裁判員裁判で死刑判決を受けた植松聖被告が24日、横浜拘置支所(横浜市港南区)で朝日新聞記者との面会に応じ、公判と同様に「控訴しない」と述べた。弁護人が控訴しても自ら取り下げるという。控訴期限は30日。
 植松被告は裁判を振り返り、「厳粛だった。皆様に裁判に時間を割いて頂き、恐縮でした」と述べた。死刑判決について、「出るだろうと思っていた。障害者に人権がある前提で裁判が進んだので納得はしていない」と話し、「生きたいのか」との問いに「はい」と即答した。        (神宮司実玲)

やまゆり園事件 死刑確定へ
 被告、控訴取り下げ  
朝日新聞2020(令和2)年3月31日
 死刑を言い渡された植松聖被告(30)が控訴期限の30日、弁護人が申し立てていた控訴を取り下げた。31日午前0時に判決が確定する。
 事件で犠牲になった美帆さん(当時19)の母親は「死刑が確定しても被告の考えが変わったわけではありません。被告には自分の考えが間違っていたことを反省し命を奪った19人に謝ってほしかった」とのコメントを出した。「このような悲しい事件が二度と起きないように国や社会全体で考えてほしいと思います」

(神宮司実玲、林知聡)




やまゆり園事件
  横浜地裁判決(要旨)


やまゆり園事件 横浜地裁判決(要旨)
   朝日新聞 2020(令和2)年3月17日


■大麻の使用と責任能力

 弁護士側鑑定は、被告が「意思疎通ができない障害者は不幸をつくる」との考えを「自分が抹殺する」と発展させたのは大きな飛躍があり、病的な思考か思考障害だと指摘。「ヤクザに追われている」ので、殺される前に実行しなければと考えたのは妄想であり、障害者を殺害すると記した手紙を衆院議長に出したことなども異常な精神症状だとする。
 だが、被告の障害者に関する考えは、施設での勤務経験を基礎とし、世界情勢に関する話題を踏まえて生じたものとして了解可能だ。
 被告は意思疎通ができない重度障害者は不幸であり、家族や周囲も不幸にする不要な存在と考えた。重度障害者を安楽死させる社会が実現すれば、使われていた金が他に使えるようになり、世界平和につながり、このような考えを示した自分は先駆者になれるというのが犯行動機だと認められる。
 被告は2012年12月から16年2月まで園で勤務し、障害者やその家族、職員の言動からこう考えるようになった。到底是認できないが、実体験を踏まえた発想として了解可能だ。
 「不幸を作る」から「抹殺する」への変化は方向性は同じで、不自然ではない。過激な言動で注目される海外の政治家の発言を知り、「重度障害者がいなくなれば世界平和になるというのは、自分だけが気づいた真実」と考えた。勤務経験やニュースなどの根拠があり、病的な飛躍とまでは言えない。
 16年2月、衆院議長に出した障害者の安楽死を訴える手紙も受け手に配慮した丁寧語を用いており、病的な異常さはない。やや異常な言動も見せたが、手紙を受け取ってもらうための行動として理解できる。
 被告は大麻を常用し、事件当時は体内に大麻成分があった。だが動機は了解可能で、犯行に計画性や一貫性が認められる。警察に出頭しており違法性の認識もあった。大麻や精神障害が犯行に影響したとは考えられず、事件当時、完全責任能力があったと認められる。
■刑罰の理由
 19人もの人命が奪われた結果は他の事例と比較できないほどはなはだしく重大で、犯情は誠に重い。殺人未遂にとどまった24人についても相当な生命の危険にさらされた。
 職員が少ない時間帯を狙い、大勢の利用者を殺害するために必要な複数の刃物を用意した上、夜勤職員を拘束するなどして通報を防ぎつつ、助けを求めたり抵抗したりすることが困難な障害者の首などを複数回突き刺すなどした。計画的かつ強烈な殺意に貫かれた犯行で、悪質性も甚だしい。
 動機の形成過程を踏まえても酌量の余地は全くない。被害者遺族らが峻烈(しゅんれつ)な処罰感情を示すのも当然だ。被告が犯行時26歳と比較的若く、前科がないことなどをできる限り考慮し、罪刑の均衡の観点から慎重に検討しても死刑をもって臨むほかない。




《横浜地裁の判決公判の様子から考える》

・裁判における争点について
・判決の内容とその理由
・事件に関する被告人、裁判員、被害者の家族ら、施設関係者、裁判に関心を寄せた人々、報道関係者らの心情
・刑罰について

 
刑事裁判としての本件の争点は、被告人の責任能力の有無とその程度及びそれに関わる常用していた大麻の影響についてであった。
 判決は、被告には完全な刑事責任能力があるとして、大麻の影響によるものとする弁護側の主張を退けた。
 裁判長は、確たる動機にもとづく計画的な犯行であり、完全な責任能力があったとして、「犯行の結果は、甚だしく重大だ。酌量の余地は全くない」と求刑通り死刑を言い渡した。

 報道によれば、裁判長は「主文は最後に言い渡すことといたします」と告げて、まず判決理由を読み上げ、最後に、「被告人を死刑に処する」と主文を言い渡した。判決理由を先に読み上げ、主文を最後にしたのは、裁判において重要なことは判決に至った理由を被告人に納得してもらうことだからだという。

 植松被告が判決内容に納得したかどうかは不明であるが、「死刑に処する」という主文が言い渡されて、裁判長が閉廷を告げると、植松被告は「最後に一つだけ」と右手を挙げて発言を求めたという。裁判長はそれを認めず閉廷。
 植松被告は最後に何を言おうとしたのだろうか……。

 植松被告は公判で、「どんな判決でも控訴はしません」と述べている。それは判決を予想する判断力があり、判決に対する覚悟もあったということだと思う。
 死刑を言い渡された植松聖被告は控訴期限までに、弁護人が申し立てていた控訴を取り下げ、判決が確定した。
 

刑罰について

 日本の刑法では「死刑」が最も重い刑罰となっている。この刑法は1907(明治40)年4月24日に公布、1908(明治41)年10月1日に施行されたものである。この刑法に基づく刑罰としての「死刑」については、その存廃をめぐる議論が繰り返されて現在に至っているという経緯がある。
 刑罰とは何か、そこに重要な考えるべき意味や問題があるからこそ、議論が繰り返されてきたのだと思う。この度の障害者施設での殺傷事件を機に、改めて刑罰とは何かということと、「死刑」について考えてみるべきではないか。しかしそうした機運は報道等からはなぜか感じられない。

再犯防止「拘禁刑」成立へ
 刑法改正案「懲罰」から「立ち直り」に  朝日新聞 2022(令和4)年6月11日(1面)
 刑罰から懲役と禁錮をなくし、新たに拘禁刑をつくる刑法改正案が10日、参院法務委員会で可決され、13日の本会議で成立する見通しとなった。再犯を防ぐため、刑罰の目的を「懲らしめ」から「立ち直り」に移す大転換で、拘禁刑では刑務作業を一律には義務づけずに指導、教育を充実させる。刑罰の種類が変わるのは刑法が1907(明治40)年に制定されてから初めてで、3年以内に導入される。▶2面=更生に軸足

 現行法の刑罰には、生命を奪う死刑、自由を奪う懲役、禁錮、拘留のほか、財産を奪う罰金、科料、没収がある。自由を奪う刑のうち、懲役は木工、印刷、炊事などの刑務作業が義務づけられ、禁錮は義務づけられない。拘留は30日未満の収容で作業の強制もない。
 2020年に死刑と自由を奪う刑が確定するなどした受刑者のうち99.65%は懲役で、禁錮が0.32%。禁錮刑は過失による交通事故で適用されることが多いが、大半は希望して作業に従事しており、両者を区別する意味は薄れていた。

 改正法では懲役と禁錮を廃止し、拘禁刑をつくる。拘禁刑の条文では「改善更生を図るため、必要な作業を行わせ、また必要な指導を行う」と明記。作業は一律の義務とはせず、個々の受刑者の特性に応じて作業と指導を柔軟に組み合わせられるようにした。
 法改正の背景には、刑法犯が減少する一方で、再犯者の割合が近年は約5割と高止まりしている現状がある。拘禁刑の創設で、再犯率が高い薬物犯罪に特化した指導プログラムや、出所後の社会生活に必要な最低限の学力を身につける教科指導などを充実させ、再犯者を減らす狙いがある。

 受刑者の処遇をめぐっては、名古屋刑務所で01~02年、刑務官から暴行されて死傷した事件が起きた。これを機に現行刑法と同時期に制定された監獄法が全面改正され、06年に刑事収容施設法と名を変えて施行。処遇の原則を「改善更生の意欲の喚起と社会生活に適応する能力の育成」と位置づけた。
 刑法からも、懲らしめの意味合いが強い懲役をなくし、拘禁刑に「改善更生」を明記することで、受刑者の立ち直りや再犯防止をより具体的に実現する。
 刑法改正案には、ネット上の誹謗中傷の深刻化を受けた侮辱罪の厳罰化も盛り込まれた。国会審議などで「表現の自由が脅かされる」との懸念が相次いだため、3年後の検証が付則に追加された。

(田内康介)

刑罰の大転換 更生に軸足
 元受刑者「刑務所で欠点気付けたら」  朝日新聞 2022(令和4)年6月11日(2面)
 懲らしめから立ち直りへ――。刑法などの改正では、刑務所の役割が大きく変わるほか、出所後の社会復帰も充実する。再犯防止に軸足を置いた取り組みが進むことになるが、実効性はあるのか。元受刑者らの声を聞いた。  (村上友里、田内康介)

 拘禁刑導入後の具体的な制度設計は未定だが、刑務作業を一律の義務にせず、指導プログラムを増やすなどして再犯防止を図る。
 計算や読み書きが苦手な人には集中的に勉強させ、高齢者には出所後の生活を見越してリハビリを充実させる。窃盗では貧困や精神疾患といった要因別の指導、薬物や性犯罪に対しては既に実施しているプログラムの拡充が想定される。
 とはいえ実際は簡単ではない。約4万人いる受刑者は若者、高齢者、暴力団関係者など様々で、犯した罪の種類や要因も異なる。

出所後の生活支援 訪問でも 通院や行政手続き 助言

■刑法などの改正で受刑者の処遇はこう変わる  朝日新聞をもとに作成
 刑罰の種類  懲役(作業が義務)、禁錮(作業なし)を廃止し、拘禁(作業と指導を組み合わせる)を創設
 執行猶予 制度の拡充  執行猶予中の犯罪について、再び執行猶予にできる量刑を1年以下から2年以下に引き上げ
 社会復帰の支援  刑務所長らの責務として、住居、仕事、医療などの支援を明記
 被害者の心情  被害者の思いを刑務所側が聞き取り、受刑者に伝達
 出所後の生活支援  宿泊場所の提供、医療・就職などの支援に、自宅訪問を追加
一部の支援は期間を1年から2年に


オピニオン&フォーラム
 刑罰は何のために  インタビュー
   公益保護のために    朝日新聞 2022(令和4)年9月23日
   命を奪うのは不当  
   死刑の議論を前へ 
       伝統的応報刑が 
       社会にある問題  
       目をつぶらせる  

 国内の死刑存廃論議は、双方の意見がかみ合うことなく、長く膠着状態に陥っている。こうした状況を打開し、議論を一歩前に進めようと提言するのが、刑法理論が専門の井田良・中央大学教授だ。「刑罰とは何のためにあるのか」を問い直すことから始めるべきだという井田さんに、真意を聞いた。 (聞き手 編集委員・豊秀一)

 刑法学者
   井田 良(いだ  まこと) さん
1956年生まれ。中央大学法科大学院教授。慶応義塾大学名誉教授。法制審議会会長も務める。著書に「死刑制度と刑罰理論」など。 




《「死刑」判決の理由を考える》

 「計画的かつ強烈な殺意に貫かれた犯行で、悪質性も甚だしい。動機の形成過程を踏まえても酌量の余地は全くない。被害者遺族らが峻烈(しゅんれつ)な処罰感情を示すのも当然だ。被告が犯行時26歳と比較的若く、前科がないことなどをできる限り考慮し、罪刑の均衡の観点から慎重に検討しても死刑をもって臨むほかない」というのが「死刑」判決の理由である。

 慎重に検討したが、酌量の余地がなく、やむを得ない究極の選択として最も重い刑罰に処するしかない。それが「死刑」だというのであれば、それは生きている意味(価値)がないと断じることである。
 
意思疎通ができない重度障害者は不幸であり、家族や周囲も不幸にする不要な存在とする障害者施設における殺傷事件の動機と内容も、酌量の余地がなく、極刑(死刑)に処するしかないとする公判での判決の内容と理由も、その意味するところは人としての生を全うする意味や価値がないと断じる考え方であるという点では同じだといってよい。その点にこそこの事件を考える大きな意味があるといえる。

 要するに、人々の意識的・無意識的な価値観や人生観を伴う考え方や、世の中の仕組みそのものが、障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた凄惨な殺傷事件に大きく関係しているわけで、大麻の影響などは比較にならないほどのものだといっても過言ではない。
 現実社会において生産性の有無や効率性を重視する考え方はごく普通に存在し、ごく最近まで優生思想に基づく法制度が施行されていた。こうした事実を踏まえてどう考えるかが重要。


<事件の動機と内容>
 「意思疎通ができない障害者は不幸をつくる」
役に立たない、生きる価値(意味)がない
殺害計画を実行

<判決の内容と理由>
 
計画的殺意、悪質性も甚だしい酌量の余地がない、極刑に処するしかない(生かす意味がない)死刑判決


犯罪の動機と刑罰の意味
優生思想と「死刑」について考える

多様な価値観と人生観
共生社会の実現に向けての問題・課題




「死刑」を考える
《参 考》


2年ぶり 死刑執行
 群馬・連続強盗殺人 兵庫・7人殺害  
朝日新聞2021(令和3)年12月22日
 2003年に群馬県で起きた連続強盗殺人事件で死刑が確定した高根沢智明(54)、小野川光紀(44)両死刑因について、法務省は21日、東京拘置所で死刑を執行した。兵庫県で04年に隣人7人を殺害するなどした藤城康孝死刑因(65)の死刑も大阪拘置所で執行した。収容中の確定死刑因は107人となった。
 執行は19年12月26日以来およそ2年ぶりで、今年10月に就任した古川禎久法相にとっては初。この日の記者会見で古川法相は「重大な刑罰だから慎重な態度で臨む必要があると同時に、法治国家では確定した裁判の執行が厳正に行われなければならない」との考えを示し、執行命令書に17日に署名したと明らかにした。

 確定判決などによると、高根沢、小野川両死刑因は、パチンコ店の売上金を盗み出そうと共謀し、群馬県内で03年2月と4月、47歳と25歳だった別々の店の従業員を絞殺。奪った鍵を使い店内から現金300万円を盗むなどした。強盗殺人などの罪で高根沢死刑因は05年に、小野川死刑因は09年に死刑が確定した。
 藤城死刑因は04年8月、兵庫県加古川市の隣家に住む当時80~46歳の親族3人を包丁で刺殺するなどし、別の隣家でも当時60~26歳の一家4人を包丁で刺して殺害。殺人などの罪で15年に死刑が確定した。
 法務省によると、今年は4人の死刑が確定する一方、87~71歳の死刑因の男3人が病死した。収容中の確定死刑因の平均年齢は約59歳で、収容期間は平均13年を超えている。    (伊藤和也)

海外では廃止の流れ
 国内でおよそ2年ぶりとなる死刑が執行された。ただ国外では死刑制度廃止が大きな流れになっている。
 米国は今年7月、死刑執行手続きなどの検証が終わるまで、連邦政府による執行を停止すると発表した。死刑廃止を公約にしたバイデン大統領の方針に沿ったもので、その理由を「死刑の適用に恣意性があり、非白人に差別的な影響を及ぼす」(ガーランド米司法長官)と説明した。州政府による執行は残るものの、50州のうち約半数が廃止や執行中止を決めている。

 米国が死刑制度を廃止すれば、先進国38カ国が加盟する経済協力開発機構(OECD)で死刑制度があるのは、日本と韓国のみ。ただ、韓国では20年以上執行されていないという。
 こうした潮流を踏まえ、日弁連は今月2日、死刑制度廃止を求める要請書を法相に提出した。強盗殺人事件で死刑確定後に釈放された袴田厳さん(85)の再審請求が続いていることから、誤判や冤罪の問題が注目される可能性があると指摘した。今回の執行を受けた会長声明でも、「もはや国際的な視点抜きに死刑制度の当否を議論できないことは明らか」とし、廃止と廃止までの執行停止を求めた。

 だが、国内では死刑制度を容認する声は根強い。昨年公表された国の世論調査(5年ごとに実施)では、約1500人のうち約80%が「(死刑は)やむを得ない」と回答。このうち半数以上が「被害を受けた人や家族の気持ちがおさまらない」「凶悪犯罪は命をもって償うべきだ」との理由を選んだ。4回連続で80%超が死刑を容認している。一方、「廃止すべきだ」との回答は全体の9%。前回調査時に比べて0.7㌽減少した。
 古川法相は記者会見で、死刑容認の世論が多数との認識を示し、凶悪犯罪が後を絶たない現状に鑑みれば、「死刑を廃止するのは適当でない」と述べた。   (新屋絵里)



朝日新聞 社説 2024・2・15
  井田香奈子
司法社説担当
「究極の刑」というのなら

 命を奪う刑を、そんなにあっさり決めてしまっていいのですか? そんな疑問が、ここしばらく、頭から離れない。
 甲府市で2人が殺害された事件で、当時19歳の男性に対する甲府地裁の死刑判決が今月、確定した。弁護人が控訴したが、被告本人が取り下げた。
 地裁の裁判員と裁判官が悩み抜いて出した答えに違いない。遺族は極刑を求めていた。ただ、18、19歳を「特定少年」とし、異なる扱いをする改正少年法下で初の特定少年への死刑判決でもある。本人の未熟さや成育環境などを量刑にどうくむか、高裁でさらに、慎重な検討がされるものだと思っていた。

 刑事訴訟法は、死刑、無期刑の判決の場合は、上訴権を放棄できないと定めている。なのに、本人がそのときの意思で上訴を取り下げて死刑を確定できるのでは、法の意図が骨抜きではないか。
 地裁の死刑判決の後、本人が控訴を取り下げて刑が確定したケースは、過去にもある。01年の大阪府池田市の小学校の児童殺傷事件では、03年の地裁判決と控訴取り下げの翌年、死刑が執行された。
 上訴の取り下げは無効だと弁護人が申し立てるケースもあるが、裁判所が認めることはまれだった。
 宣告された刑が適切で公平なものか、高裁、最高裁で、違う目でチェックする大切さはいうまでもない。とくに死刑は、執行したら取り返しようがない。

 最高裁は判決で「最も冷厳で誠にやむを得ない場合に行われる究極の刑罰」などと述べ、死刑は特別な刑で選択には厳格な基準が求められると言及してきた。最高裁は限られた事件でしか弁論を開かないが、死刑事件では必ず行っている。
 死刑については、三審制をフルにつかって審理をつくすことを義務づけるのが筋ではないか。死刑判決は自動的に控訴、上告される制度を、研究者や日本弁護士連合会は提案している。

 死刑廃止が世界の流れになり、先進国で今も死刑を執行するのは、米国と日本だけになった。ただし米国は、死刑の可能性がある事件では量刑を別の陪審が決めるなど「超適正手続き」を保障して慎重さを究めており、同列には語れない。
 「究極の刑」には、それに見合う手続きが不可欠だ。死刑のない社会に向けた議論と並行し、できる是正はある。

















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