神奈川県相模原市の障害者施設における殺傷事件
障害者施設「津久井やまゆり園」の再建をめぐる問題
2017.7.30/2017.8.27/2017.12.22/2019.12.18/2020.11.6/2021.7.5


《事件について》
《施設の再建をめぐって》
《提言に関する疑問点》
《私 見》



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《事件について》

  神奈川県相模原市の障害者施設殺傷事件とは、この施設に勤務していた元職員が、平成28年7月26日未明、刃物を持って侵入し、「障害者は生きていてもしょうがない」として、 「意思疎通できぬ人を刺した」というもので、19人が死亡し、27人が負傷しました。なおこの施設は短期入所を含め、定員160人規模のものです。
 この事件では、 亡くなった19人を悼むとともに、 元職員の障害者に対する偏見や優生思想、責任能力や措置入院のこと、再発防止策に関することなどが問題となりました。


《施設の再建をめぐって》

 神奈川県は、施設のほぼ全体が殺傷現場となり、大量の血痕が付着するなどの甚大な被害が及んだことから、施設入所者の家族会や施設職員等の要望を受け、同じ場所に同規模の施設の再建を表明し、2020年度の建て替えを目指すとしました。
 県のこの方針に対して、2017(平成29)年1月の公聴会で、一部専門家や障害者関係団体から「障害者の地域移行という社会の潮流に逆行する」「入所者の意見を聴くべきだ」などの異論が出ました。
 施設利用者の家族会は、あくまでも建て替えを希望すると表明。そこで県は、専門家らの会議を設置。



◆やまゆり園再建 小規模・複数に 専門家ら案   朝日新聞 2017(平成29)年7月19日
 神奈川県が設置した専門家らの会議は18日、「今後は小規模化し、複数の施設を整備するべきだ」との案を出した。県は今年1月、これまでと同様の大規模施設を現地に再建する構想を示していたが、異なる方向性を示した。
 案では、現在の園を取り壊した跡地のほか、入所者が仮移転している横浜市港南区の県施設など、複数の場所を選択肢として示した。グループホームなど地域での障害者の生活を重視する現在の国の方針に沿う内容だ。
 「元のようにしてほしい」と求めていた入所者家族会の大月和真会長(67)は「よその土地に移るなんて考えられない。多くの家族は納得しないはずだ」と話した。

◆神奈川県:ヒアリング(公聴会)の説明資料 


「津久井やまゆり園再生基本構想策定に向けた 現時点での県としての基本的な考え方」 (2017.1)

 《神奈川県:施設の再生に向けた基本的理念》 
 
 現在地で再生することによって、事件に決して屈することなく「ともに生きる社会かながわ」の実現を目指すという強いメッセージをこの神奈川から発信します。

・現在地での全面的な建て替えによって、事件を風化させることなく、事件の凄惨なイメージを払拭し、再生のシンボルとして、利用者の人権に配慮しながら、安全・安心で暮らしやすい新しい園を創ります。

・利用者が、地域生活移行を含めた将来の自立を目指せる園にするととともに、地域で生活する障がい者とご家族の生活を支援します。

・地域住民の皆さまとの交流を一層深め、園や地域で生活する障がい者への理解を促進します。 

神奈川県:津久井やまゆり園で発生した事件について(掲載日:20127年9月11日)
神奈川県:津久井やまゆり園の再生に向けた取組み(掲載日:2020年3月27日)



◆「小規模・分散」を提言 やまゆり園再建 県、月内にも構想
 
 朝日新聞 2017(平成29)年8月18日


 「津久井やまゆり園」(相模原市緑区)の再建構想を議論してきた神奈川県の有識者会議は17日、従来の大規模施設を県内に分散して整備する」との提言を盛り込んだ報告書を黒岩祐治知事に提出した。
 障害者の生活の場を「施設から地域へ」とする国の近年の流れに沿ったもの。黒岩知事はこの日、「入所者や家族に安心してもらえる方向性をできる限り早く示したい」と述べた。
 1964年に県立施設として開設された同園は事件当時、157人が入所する大規模施設だった。 事件後に建て替えが決まり、入所者は現在、仮移転先の横浜市港南区の県施設などで暮らしている。
 報告書は、①入所者が日中の時間を過ごし、医療的ケア機能なども備えた拠点 ②その周辺の複数の居住棟(入所者は各10人以下) ③グループホーム からなる施設群を複数つくると提言。事件が起きた園がある地区・仮移転先の地区・県内5カ所の県立障害者施設に整備するとしている。現在131人いる園の入所者がどの施設で暮らしたいか、意向を確認することも盛り込んだ。
 家族には、住み慣れた地区に事件前と同様の施設を再建すべきだとの声も根強くある。報告書は、これまでの園の場所を希望すれば全員が入れるようようにすることも付記した。

(岩堀滋)


津久井やまゆり園再生基本構想策定に関する部会検討結果報告書 平成29年8月神奈川県障害者施策審議会 


津久井やまゆり園再生基本構想(案) 平成29年8月24日 神奈川県 


◆やまゆり園再建 県構想案  神奈川県内に「小規模分散」  朝日新聞 2017(平成29)年8月25日
 再建を目指す神奈川県は24日、小規模施設を県内に分散して建て直す「基本構想案」を公表した。県の有識者会議が黒岩祐治知事に提出した報告書の内容を踏襲した。9月開会の県議会の議論を経て、内容が固まる見通し。
 構想案では、園が現在ある相模原市緑区千木良地区と、仮移転先の横浜市港南区芹が谷地区に、11人ずつの居住棟を計12棟設け132人分の居室を整備。県立の障害者施設でも10人分の居室を確保する。さらに日中の活動の場や医療的ケアなどを行う拠点施設も、各地区ごとに設置する。
 入所者全員から入居先の希望を聞き取り、2年後をめどに各地区の定員を最終的に決めたうえで着工。2021年度中には入所を完了させたいという。
 県はこの日、家族会にも説明。当初は現施設付近で同規模の建て替えを望んでいた大月和真会長は「130人の入所者全員分の居室が確保されると聞き、ほっとした」と話した。

(岩堀滋)



《提言に関する疑問点》

神奈川県の有識者会議の報告書による「津久井やまゆり園の再建イメージ」の図をみると、①拠点機能を有するセンター棟、②10人以内で生活する居住棟、③グループホーム からなる施設群を一つの単位(ユニット)として複数カ所に整備するという。

新聞報道だけでは詳細は不明であるが、一般的な見地から次のような疑問がある。

 

1.これまでの園の場所を希望すれば全員が入れるようにするということであるが、131人全員が同じ場所を希望した場合は、小規模・分散型の構想とは矛盾しないのか。

 

2.一般的に考えた場合、小規模にしても、グループホームにしても、分散型にしても、その設置に関しては、地域との関係が重要な要件の一つとなる。残念ながら、障害者の利用する施設の設置を容易に受け入れるほど日本の地域社会(人々の障害者に対する見方や考え方)は成熟していない。
 結果的に分散型の用地確保には困難が伴う。仮に用地確保が可能だとしても、分散型の施設整備には、それだけの時間とコストを要することになるが、その点をどのように考えるのか。

 

3.小規模、分散型において、専門性を発揮し利用者ニーズに沿った支援を継続的に維持していくにはそれだけの人員配置とその確保及び業務の連携に関する問題課題があるが、その点をどう考えるのか。

 

4.利用者の意向を確認するということであるが、家族の意向をどうするのか。もし利用者本人がよければそれでよしとして、家族の意向は二の次にするようなことは、日本の実情にはなじまない。

 

5.専門家や有識者は、建前論と本音とが明らかに錯綜しているという現実をもっと直視すべきではないかという印象を受ける。

 

「施設から地域へ」ということが強調されているわけであるが、その言わんとすることはわからないわけではない。
 しかし「施設」とは何か、「地域」とは何かと考えたとき、その具体的なとらえ方には人々の生活様式(習慣)や価値観等によって差異があることには配慮を要する。

 

「生活の場」とするにしろ「日中活動の場」とするにしろ、その目的のための設備機能を備えた建物が必要であることは確かである。そのための建物を小規模化しようが、分散しようが、どこかに建てなければならない。それをグループホームと呼ぼうと何と呼ぼうと、それは「施設」であるはずだ。小規模施設とか、大規模施設というがそれは具体的にはどういう施設をいうのか。

障害者が利用する施設があることはノーマルではないのか。障害者が利用するための施設を堂々と設置できないようなこと自体がおかしなことではないだろうか。

 

施設など本当に必要ないということであればそれでよい。しかしそうではない現実があるとすれば、むしろ積極的に施設を社会資源とする見方、考え方に変え、障害者が堂々と利用できる施設を、堂々と建設できるようにする姿勢こそが大事ではないだろうか。

そうでなければ、施設で誇りをもって働く優秀な職員は育たないであろうし、施設経営における現状の人材難は今後も解消しないであろう。こうした問題は、施設の小規模化とか、グループホームにするとか、分散化するということで解決するのだろうか。

障害者施設を否定するような見方や考え方こそが差別、偏見ではないだろうか。

 

入所者の意向を確認、尊重することは言うまでもなく大切である。

ただし本当に生活を共にしてきた家族や職員ならば、その生活を通して確認したことが必ずしも確認したとおりのものではないという現実があることも含め、すでにいろいろなことを確認してきているはずである。

家族や施設職員の意向を大切にするかどうかは支援の質や充実にも関係することである。

 

施設の問題がいろいろ取り沙汰されているが、それは施設を小規模化、分散型にすることで解決するようなことではない。また必要とされている施設そのものが問題なのではない。その施設の社会的位置づけや、施設に対する人々の意識がどうかの問題であり、そこでどのようなことが、どのように行われるかということが問題であるはずだ。



<施設の再建問題を考えるポイント>

 入所者家族の思い  神奈川県の再建に向けた対応  これまでの施設と地域の関係・状況(地域住民の思い) 
 「地域」とは  地域の多様性  大規模施設とは  グループホームならよいのか  
 障害者グループホームの現状と課題
 障害の多様性 「障害」と一括りにした考え方や論議の在り方  理念や理想と現実   
 実情を踏まえた福祉施策の重要性  共生社会とは  合理的配慮とは  専門家とは  有識者とは   
 専門家や有識者の考え方や意見を求めるのはなぜか、参考にするためか、それに従うためか


 神奈川県:津久井やまゆり園再生基本構想平成29年10月 


《私 見》

 知的障害児者の教育と福祉にかかわってきた立場で私見を述べるとすれば、神奈川県の再建に向けた考え方に対する専門家らの考えや意見の方向性はわかりますが、もう少し現状を直視すべきではないかという印象を受けます。

 神奈川県の公開資料や津久井やまゆり園の入所者やその家族に関する報道内容からは、現在地での再建を望む施設利用者の家族の思いや県の施設の再建に向けた姿勢は、理解できるものであり、異論をとなえるよりもむしろ受け止めるべきものと考えます。

 障害の有無に関係なく、だれにとっても、拠りどころとなる生活の場がまずあるということが重要なことだと思います。その人にとって拠りどころとなりうるものであれば、それが施設であろうとなかろうと、また小規模はよいが大規模施設はダメというようなことでもないと思うのですが、それは潮流に逆行するナンセンスな話ということになるのでしょうか。
 日本社会の現状を見たとき、障害をもつ人の支援にはその家族や施設職員の思いや意見も大切なはずです。

 施設も必要な社会資源であり、価値あるものとしてむしろ積極的に考え、選択肢に含めることこそが、いわゆる「合理的配慮」にも通じるものと考えます。

 「障害」を一括りにしての「施設解体論」が最良、最優先のようにまかり通るとしたら、それはかえって人の生き方の多様性やものごとの価値の多様性を否定し、選択肢を奪うことになるのではないでしょうか。

 障害者福祉の施策をめぐるこれまでの論議が、しばしば現状・現実から遊離した展開になりがちであることにも注意を要すると思います。

 この凄惨な殺傷事件は、障害者施設の建て替えの単純な是非ではなく、障害者施策をめぐる現状の諸問題について、改めてしかも早急に考え直してみるべき大事なことを投げかけているというように思います。




  津久井やまゆり園新園舎の開所式を開催します - 神奈川県ホームページ (pref.kanagawa.jp)
 津久井やまゆり園再生基本構想に基づき、令和元年度から新築及び改修工事を行ってきた津久井やまゆり園が完成し、新しい園舎で令和3年8月1日(日曜日)から利用者の新たな生活が始まります。つきましては、開所式を行いますので、お知らせします。

津久井やまゆり園新園舎の概要
(1)所在地:相模原市緑区千木良476
(2)延床面積:約7,718平方メートル
(3)供用開始年月日:令和3年8月1日(日曜日)
(4)施設種別・定員:障害者支援施設・定員66名


◆やまゆり園 新たな一歩
 安全対策強化した新園舎 完成
  朝日新聞 2021(令和3)年7月5日

 事件から5年を前に、新しい園舎が完成し、開所式が4日にあった。開所式には利用者家族や地元住民など44人が出席。園を運営するかながわ共同会の山下康理事長は取材に「遺族にとってはまだ当日のまま。(事件に)きちんと対峙していくことが風化させないことにつながる」と話した。
 敷地面積は約2万6千平方㍍。事件では窓ガラスが侵入経路になったため、防犯ガラスに変えた。入居定員は160人から66人に減らし全て個室となった。事件当時、園に居た利用者のうち44人が入居する。



 相模原市 障害者施設の殺傷事件を考える


 日本の障害児(者)の教育と福祉
   教育と福祉の施策  知的障害者施設について  施設化政策から脱施設化政策への転換  教育と福祉の原点  再考


 戦後70年、特殊教育から特別支援教育へ 障害児教育の義務制の意義と課題

 権利としての教育と福祉

 障害(者)観の変遷と古くて新しい課題

 発達障障害者支援法と障害者自立支援法を考える

 障害者の権利に関する条約と「合理的配慮」について

 共生社会の形成とインクルーシブ教育

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日本の障害児(者)の教育や福祉をめぐる問題、課題を考察し、今後を展望
田研出版 3190円 A5判 316頁












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