知的障害と就労について

2010.7.25
更新 2012.12.13/2016.1.16/2018.6.15/2020.8.15








スマホ版


 知的障害の場合の就労支援では、その障害の程度だけが問題ではなく、働く“意欲”や“態度”が問題となります。
知的発達に障害のある場合は、適切な教育指導がなければ「働く」というような観念は育たないと思います。
働く意欲や態度は自然に身につくものというよりも、成長発達過程において培われるものと考えたほうがよいと思います。



知的障害の場合の働く意欲や態度の形成について
知的障害の就労支援に関する問題点
働く意味と就労支援の意味







知的障害の場合の働く意欲や態度の形成について

 知的発達に障害がなければやがて自らの生活目標を持ち、それに向かって努力する力が備わっているので、少年時代は怠け者であったのに大人になったら働き者になり、きちんとした生活の技術を身につけるという例は少なくないと思います。それは怠け者であるときも心の片すみでは生活上のいろいろなことについて、あるいは働く意味についてのそれなりの観念が育っているからです。
 しかし知的障害の程度が中度ないし重度の場合は、適切な教育指導がなければ「働く」というような観念は育たないと考えるとよいと思います。

 働く意欲とか態度の形成には知的障害の程度が関係しますが、必ずしもそれだけに対応するものではなく、成長とともに自然に形成されるものでもなく、それは適切な教育指導と生活環境条件の設定がなければ形成されにくいと考えたほうがよい。
 知的発達に障害のある場合も、作業を介した生活の指導、環境の調整などにより、生活に目標をもたせ、その目標に向かって努力するという態度を養うことにより生活能力を高めていくことは可能です。

 なぜなら普通一般的にみて、知識や技能的なことはそれのみを単独に取り出して、むやみに習得させようとしても、それは身につきにくいものですが、日々の実生活を通した学習は身につきやすい効果があるからです。
 したがってこの場合の作業というのは、日常生活にかかわる実際的な仕事であるところの身辺生活の処理や自分の役割を果たす、家事の手伝いをする、制作活動を行うなど広義に解釈すればよいわけで、こうしたことを通した指導に効果があると考えます。

 身辺生活の処理や自分の役割を果たすための、そのもっとも基本となるのが、食事、排せつ、清潔、衣服の着脱、整理整頓などに関することですが、これらのことができるようになるということは、単に生活に必要だからというのではなく、 教育的な観点からすれば、自分には何ができるかをわからせ、自分のしなければならないことは何かを考えさせ、自覚させるところの第一歩であるというところにきわめて重要な意味があるわけです。
 自分には何ができるかということが自覚できるようになれば、さらに自分で何かをしたいという気持ちが湧く。それが “やる気(意欲)” です。

 やる気がでれば、それによって興味や関心の領域も広がり、それが生活力を高めることになるのですが、知的発達に障害のある場合は、ものごとを的確に理解することに困難性があり、そのために単に見たり、聞いたりしただけでは自分自身の成長に結びつくような経験としての蓄積とはなりにくい。それだけに生活のもっとも基本となる身辺生活の処理ができるようになる(育つ)ということは、 単なる“躾け(しつけ)”の問題ではない重要な教育的な意味を含んでいることになります。しかしこうしたことについての認識はあまりないのが一般的なようであり、もっと重要視すべきことだと思います。

 また生活に目標をもたせ、その目標に向かって努力するという態度を養うことで生活能力を高めることがなぜ可能かといえば、目標をもつということは、そのための課題の解決を考え、やる気(意欲)を起こすことであり、どのように行動すればよいのかと思案することであり、そのことが自己統制力を働かせることになり、目標に向かって行動することで成功、あるいは失敗の感情が生じ、成功は自信につながり、さらに高い目標に向かう行動へと発展すると考えることができるからです。ただし、その反面、失敗は自信を失わせ、行動する意欲を失わせてしまうということも当然あり得ます。
 こうしたことに留意した支援が知的発達に障害のある場合は特に必要であり、そための生活環境的条件や教育指導的条件をどのように整えるかということが重要課題だと考えます。


 
知的障害の就労支援に関する問題点

 知的障害の場合、働く意欲や態度が問題となるわけですが、働く意欲や態度が十分ではあっても就労支援に関しては、主に次のような問題があります。
①障害特性である知的能力、対人関係、社会適応能力などが関係する問題を抱えやすい。
②雇用者側の知的障害についての理解認識不足。
③最低賃金が保障されるにしても、就労で得られる収入は少ない。
④生活に必要な収入が十分に得られる場合であっても、金銭の自己管理が難しいために収入に見合った計画的な生活を維持していくことに困難がある。
⑤余暇生活の充実をどう図るか。

 以上のような問題を考えた場合、その就労支援は単に働く場の確保と報酬が得られるようにすればそれでよいということではないということです。

 障害者がもっと働けるようにするということで障害者自立支援法(現:障害者総合支援法)の施行により、従来の授産施設を中心に取り組まれてきたいわゆる「福祉的就労」の場は、就労移行支援事業と就労継続支援事業という新たな事業体系への転換が図られました。
 そして障害者の一般就労を目指す支援が強調されるようになり、福祉的就労における「工賃倍増5か年計画」が打ち出されたりしたわけですが、いずれも実際的には課題も多く、なかなかねらい通りにはいかないというのが現状ではないでしょうか。こうした現状を直視することが今後の支援策を講ずる上で何よりもまず重要なことだと思います。、

 知的障害者の就労支援では、何らかの形でその能力が発揮できるような働く場や機会を用意し、その生活を保障するような方策を通して、生活に目標が持てるようにすることによって生活の充実を図るという考え方が大切です。そのためには継続的な支援を要することになります。
 具体的な支援の内容としては、働くことの意味、人と人との関係、労働と報酬の関係、働いて得た収入は生活のためにどのように処理すればよいか、生活経験の拡大や生活技術の向上、余暇の過ごし方、さらには老後の生活のことなども考えていく必要があります。



働く意味と就労支援の意味

 人が働くという場合に、それは単に職場があり、収入が得られればそれでよいというだけではないものがあるはずです。例えば、働くことを通して人間関係や社会的体験が豊かになり、日々の流れにメリハリがつき生活に目標がもてる。それはさらに新たな生活目標を見い出すことにつながるなど、そこには人の「生活の質」にかかわる大切にすべき物事があるはずです。

 「生活の質」の良し悪しの問題は、あくまでもその人にとってどうかの問題であり、その良し悪しは本来的には当人以外の他人が判断するものではないはずです。その点に留意することが知的障害の場合の就労支援では特に大切にすべきことではないかと考えます。なぜなら本人のためといいながら結果的には、周囲の一方的な価値観や評価基準に基づく支援になってしまいがちであるからです。

 障害のある場合も、一般の企業に就職でき、相応の賃金が得られるのであれば、それにこしたことはない。 したがって一般企業への就労を目指す支援はよいとしても、就労の意味や価値を「企業就労」にのみに置いた支援では無理が生じるということは直視すべき重要なことではないでしょうか。
 障害があるから無理が生じるというのが不適切な言い方だとするならば、無理が生じるがために障害があるということではないでしょうか。そうした理解認識が大切であり、無理なら無理に応じた支援でなければ適切な支援にはなり得ないはずです。

 障害の内容やその程度や状態によっては、どのような職業にも就けるということではなく、職種の制約を受けます。しかしそれは一般の人々にも職種によっては向き不向きがあるわけで、それと同じように考えればよいと思います。
 また障害の内容によっては働くということ自体よりもむしろ複雑な社会機構の中での複雑な人間関係を通しての就労に問題がある例も多いようです。

 こうした現実を踏まえたとき、そこにいわゆる「福祉的就労」の意義とそのための支援の必要性があるわけです。なお福祉的就労の場での支援にかかわる人材の育成確保も重要な課題だと考えます。こうした課題には、福祉系の専門教育を受けた人材だけでなく、いろいろな分野の専門的知識や技術を身につけた職人や技術者等がもっと関心をもって携わることができるような施策が講じられなければならないと考えます。


 文部科学省:就労系障害福祉サービスにおける教育と福祉の連携の一層の推進について 平成29年4月25日

 障害者の雇用の促進等に関する法律の一部を改正する法律の概要:施行期日 平成28年4月1日(PDF)







  障害者の働く権利と「福祉的就労」の意義 

 障害児教育の義務制の意義と課題

 障害児者に関する相談窓口

 トップページへ








日本の障害児(者)の教育と福祉 (田研出版 2012年3月発行)

A5判250頁 本体2750円
日本の障害児(者)の教育と福祉をめぐる古くて新しい課題を考える。





日本の障害児(者)の教育や福祉をめぐる問題、課題を考察し、今後を展望
日本の教育制度と障害児(者)の福祉(田研出版)
3190円 A5判 316頁
第1章 日本の障害児教育の始まりと福祉
義務教育の制度と障害児/学校教育と福祉施設/精神薄弱者福祉法(現:知的障害者福祉法)の制定/教育を受ける権利の保障
第2章 戦後の復興から社会福祉基礎構造改革へ
社会福祉法人制度と措置委託制度/社会の変化と社会福祉基礎構造改革/「措置」から「契約」への制度転換と問題点
/社会福祉法人制度改革の意義と課

第3章 障害者自立支援法から障害者総合支援法へ
障害者自立支援法のねらい/障害者自立支援法をめぐる問題/自立支援法から総合支援法へ/障害者総合支援法施行3年後の見直し
第4章 教育の意義と福祉の意義
人間的成長発達の特質と教育・福祉/人間的進化と発達の個人差/教育と福祉の関係/「福祉」の意味と人権
第5章 展望所感
 障害(者)観と用語の問題/新たな障害(者)観と国際生活機能分類の意義/障害児教育の義務制の意義と課題
/障害者支援をめぐる問題























copyright 2012 日本の「教育と福祉」を考える all rights reserved