障害者の働く権利と

「福祉的就労」の意義

作成 2009.8.21/2015.9.5/2016.8.19/2017.5.14/2018.3.11 
題名変更 2018.6.17/2019.1.23/2020.3.30/2020.8.12/2023.1.21/2024.2.10
 

  


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 人には働く権利があります。その働き方もいろいろあってよいはずです。

 いわゆる障害者の「福祉的就労」の場が果たしてきた機能や役割と、 そのための作業所等が増加し続けてきた理由などについて、今、改めて考えてみるべき意味があるように思います。

 障害者の就労に関する問題は人権の問題です。人権の問題は社会福祉の問題です。社会福祉の問題は社会保障の問題であるという認識に基づく就労支援があり、そうした支援を堂々と受けられるような社会であるべきではないでしょうか。





障害者の働く権利の保障とは
 
 障害者の就労支援では、障害の内容やその程度状態に配慮する必要があります。
 働く権利は誰にもあり、その働き方にもいろいろな働き方があると思います。当然、障害の内容やその程度や状態によってもいろいろな働き方があってよいはずです。そこに障害者の働く権利を保障するための就労支援の果たすべき専門性があると思います。

 一般的には、一定期間の職業訓練を経るなどして就職先を世話し、収入が得られるようにすれば、就労支援の役割を果たしたことになるのかもしれません。しかし障害の内容やその程度や状態にもよりますが、障害者の就労支援では単に働く場を確保し、賃金が得られるようにすればそれでよいということではないという考え方が大切です。そうした理解や認識が乏しいところに障害者の就労支援に関する現状の問題があると思います。

 現在の障害者雇用制度の進展を図ることにより、企業側の障害者雇用に対する意識が高まり、積極的に障害者を雇用する企業が増えることに期待します。
 しかしこれまでの更生施設や授産施設の果たしてきた機能や役割、小規模作業所等が増加し続けてきた状況とその理由についても、今改めて考えてみることこそが、これからの障害者の就労支援策を講じる上で大切だと思います。

 障害者の就労に関する問題は人権の問題です。人権の問題は社会福祉の問題です。社会福祉の問題は社会保障の問題であるという認識に基づく就労支援策がもっと積極的に講じられ、それが社会的に受け入れられ定着してもよいはずですが、それが弱すぎるように思います。
 それはおそらく一般就労(企業への就労)には価値や意味があるが、それ以外は就労に値しないというような価値観や考え方の範ちゅうから脱皮できないままの支援だからだと思います。障害者自立支援法 (現:障害者総合支援法)になってから、それを強く感じます。

 人が働くということと生活の質(QOL)の問題は大きく関係しています。「働く質」や「生活の質」の良しあしを考える場合、働く場や仕事の内容、得られる賃金収入の額などはその目安として重要かもしれません。しかし働く場があり、賃金収入を得ることができれば、それで満足または納得できるような働く質や生活の質の確保ができるのかとなると必ずしもそうとはいえないと思います。
 「障害」の内容やその程度や状態は多様であることの理解認識が大切であり、そこに「福祉的就労」の果たす意味があるわけです。

 福祉的就労と労働法との関係が問題になっているようですが、それは障害者福祉及び社会保障のあり方の問題として考えるべきではないかと思います。
 なぜなら、仮に最低賃金が確保されたとしても、また工賃が倍増されたとしても、その生活は厳しいと思います。また就労により生活費が確保できるということであるとしても、自らどのような生活を送るかというところに困難を抱える障害の場合の問題は、労働法を単に適用することで解決することではないからです。そうした実情を直視した支援が求められているということではないでしょうか。


福祉的就労の意義と就労概念の一新について

 これまでの授産施設や更生施設、小規模作業所、福祉工場あるいは通勤寮等の果たしてきた役割や機能の意義は大きいはずです。これらの施設や作業所等で培ってきたことを無駄にすることなく、それを再確認、再認識することこそが障害者の働く権利の保障という問題を考える上で大切だと思います。

 これまでの福祉的就労の場が果たしてきた機能や役割と小規模作業所等が増加し続けてきた状況とその理由を考えれば、「就労」の考え方を一新すべきだと思います。
 それは、これまでのいわゆる作業所等での「福祉的就労」も一般企業等での就労と同等の就労概念として社会的に明確に位置づけるということです。その基盤整備とそれに対する社会的啓発こそが障害者の実情に即したきわめて有効な就労支援になると考えます。

 そして現在の就労支援や障害者雇用制度を推進するとともに、企業に障害者雇用を義務づけるだけでなく、障害者雇用が難しい企業には障害者を雇用するかわりに、いわゆる作業所等に相応の仕事(作業)を提供するか、あるいは障害者の作業施設への支援金の納付を義務づけるとよいと思います。
 その納付された支援金を障害者の作業所等における工賃の補てんや施設設備の改善に充てるようにすればよい。
 
 現在、次のような障害者雇用率制度と納付金制度が設けられています。

 障害者の雇用の促進等に関する法律(略称:障害者雇用促進法)は、一定規模以上の企業に対して障害者の雇用を義務付け、雇用する労働者に占める障害者の割合が一定率以上になるように法定雇用率を定めています。
 この雇用率制度に基づいて障害者の雇用義務としての雇用率を達成している企業と未達成企業との調整を図り、雇用水準を引き上げるための助成・援助を行うための制度として納付金制度あります。


厚生労働省:障害者雇用率制度

厚生労働省:障害者雇用納付金制度の概要 

障害者雇用納付金の徴収
 現行制度では、障害者雇用率未達成の事業主は、法定雇用率に不足する障害者数に応じて1人につき月額50,000円の障害者雇用納付金を納付しなければならないこととされています。
 常時雇用している労働者数が200人を超え300人以下の事業主については、平成27年7月1日から平成32年3月31日まで障害者雇用納付金の減額特例(不足する障害者1人につき月額50,000円を40,000円に減額)が適用されます。

障害者雇用調整金の支給
 障害者雇用率を超えて障害者を雇用している事業主には、超えて雇用している障害者数に応じて1人につき月額27,000円の障害者雇用調整金が支給されます。




障害者総合支援法に基づく就労支援事業について

 障害者自立支援法(現:障害者総合支援法)により、障害者がもっと働ける社会を目指し、就労支援を強化するとして、支援サービスの中に新たに就労移行支援就労継続支援という就労支援事業が創設されました。

 就労移行支援事業とは、一般就労(企業等への就労、在宅就労、起業)を希望し、職場への就労が見込まれる65歳未満の障害者を対象に、 通所により、 一定期間(標準期間24カ月内で利用期間を設定)、生産活動やその他の活動の機会を提供することにより、就労に必要な知識及び能力の向上のたの訓練、求職活動に関する支援、適性に応じた職場の開拓等の支援を行う。
 就労継続支援事業には、A型(雇用型)B型(非雇用型)がある。

 就労支援事業A型(雇用型)
 雇用契約に基づく就労が可能な65歳未満(支援の利用開始時の年齢)の障害者を対象に、通所により、就労機会の提供を通じ、生産活動にかかる知識・能力の向上を図ることにより、一般就労に
必要な知識・能力が高まった者に対しては一般就労への移行に向けた支援を行う。利用期限はない。利用者は事業所と雇用契約を結び、最低賃金が保証される。現状は、精神障害者の利用が約半数を占める。

 就労継続支援事業B型(非雇用型)
 就労移行支援事業を利用したが一般企業等への雇用に結びつかない、あるいは一定年齢(50歳)に達した障害者を対象に、通所により、就労や生産活動の機会を提供(雇用契約は結ばない)するとともに一般就労に必要な知識・能力が高まった者に対して一般就労への移行に向けた支援を行う。利用期限はない。このB型事業所では雇用契約は結ばないが、工賃が支払われる。平均工賃が月額3000円程度を上回ることが、B型事業者指定の条件となっている。
 厚生労働省の調査資料によれば、1人当たりの工賃の月額の現状は1万5千円前後位が平均的のようである。

 障害者総合支援法による就労支援事業は、就労により自立を図るという点を重視する支援です。 したがって障害者が、就労移行支援によって一般の企業等への就労が可能であり、自立生活が実現できるのであればそれでよい。
 しかし障害者の場合、そもそも一般的に考えられているような就労や自立ということに困難を抱えているわけですから、実際には一般の企業等への就労に移行できないことも当然あり得ます。また就労移行できたとしても必ずしもそこに定着できるとは限らない。その結果として就労継続支援を利用し続ける例が多いということになります。
 
 障害者の働く権利を保障するというのであれば、一般的な就労に固執しない、従来からのいわゆる「福祉的就労」の考え方も大切です。そうした就労の場の整備、充実を図るという支援こそがもっと必要とされているはずです。小規模作業所といわれる作業所等が増加し続けてきた理由もそこにあったといってよいのではないでしょうか。
 
 就労支援A型(雇用型)の事業所には、障害者の働く場としての助成金も出ますが、その事業経営はだいたいが厳しい状況にあり、経営がうまくいかずに閉鎖される事業所も相次いでいるという新聞の報道等もあります。

 2018(平成30)年4月に施行された改正障害者総合支援法により新たな福祉サービス事業として就労定着支援が新設されました。就労定着支援とは、「就業に伴う生活面の課題に対応できるよう、事業所・家庭との連絡調整等の支援を行う」ということですが、実際的な支援効果については今後の動向を注視したいと思います。

 文部科学省が2017(平成29)年8月3日に公表した「2017年度学校基本調査(速報値)」によると、小中学校の在学者は過去最少になる一方で、特別支援学校は10校増の1135校で、在学者数は2124人増の14万1945人で、ともに過去最多となるそうです。

 特別支援学校の在籍者が明らかに増加傾向にあるわけですが、その卒業後を受け止める就労支援事業を考えた場合、いわゆる「福祉的就労」の意義を踏まえた施設の整備や支援の充実を図る必要があることは確かです。

 
障害者の事業所 相次ぐ閉鎖  朝日新聞2017(平成29)年10月2日
 障害者たちの働く場となる事業所で、経営が行き詰まって閉鎖される事態が相次いでいる。「助成金頼み」になりかねない構造が背景にある可能性もあり、厚生労働省が対応に乗り出した。

5カ所225人 突然失職
 7月末、岡山県倉敷市にある五つの事業所が一斉に閉鎖された。利用していた障害者たちが閉鎖を知ったのは、その1カ月ほど前だった。事業所は3年前から今年にかけて、倉敷市の指定を受けて設置。一般社団法人「あじさいの輪」と、その理事長が経営する株式会社が運営していた。チラシの封入や軍手の補修といった業務をしていたが、「経営が厳しくなり、給与を支払えなくなった」ことが閉鎖の理由だった。
 閉鎖で職を失った利用者は計225人。倉敷市は7~8月にハローワークなどと共同で企業の合同説明会や面接会を開いたが、9月中旬までに再就職が決まったのは83人にとどまる。

助成多い「A型」急増
 閉鎖された事業所は、障害者総合支援法に基づく「就労支援A型事業所」だった。A型事業所は3月末時点で全国に3596カ所ある。5年間で3倍以上になった。
 急増している背景には、国からの手厚い助成がある。一人雇うごとに平均で月12万3千円(16年12月時点)の助成があり、さらにハローワークなどを通じて雇用した場合は最大で一人につき3年間で240万円が支給される。
 ただ、事業で利益をあげていくのは容易ではない。

 全国のA型事業所でつくる「全Aネット」 が9月に発表した調査(回答942事業者)によると助成金を除く事業収益は平均で年間780万円超の赤字だった。同ネットの久保寺一男理事長は「多くの事業者は努力している」とした上で、「経営の見通しが甘い事業者だけでなく、助成金目当てで経営努力を放棄していたり、助成金の出る期間が過ぎると利用者に離職を促したりする悪質な事業者もある」と指摘する。
 倉敷市の場合、市は「運営に大きな問題はなかった」とする。だが、岡山県の「A型事業所協議会」代表の萩原義文さんは「実地調査などで運営実態を把握し、指導できなかった市の責任も大きい」としている。

国、監督強化
 厚労省は4月に制度を見直した。A型事業所に対し、利用者の具体的な支援方針をまとめた計画書の作成などを徹底。運営経費を除く事業収入が賃金の総額を上回ることを求めた。達成できない場合は改善計画を提出させるなど運営状況の監督も強化。助成金への依存度が高く、運営が不適切だと判断したら、指定の取り消しも検討する。
 厚労省の担当者は「経営状況を見直し、事業の持続性や就労の質の向上に努めてもらいたい」と狙いを話す。

(佐藤啓介、船崎桜)




精神・発達障害 職場に「支援役」 知識学ぶ講座開催へ 厚労省  朝日新聞 2017(平成29)年5月12日
 精神障害や発達障害の人が働きやすい職場づくりを進めようと、厚生労働省は今秋から「精神・発達障害者しごとサポーター」(仮称)の養成講座をスタートする。民間企業の有志にサポートに必要な知識などを身につけてもらい、同僚を支援してもらう。
 厚労省によると、精神障害や発達障害があり、従業員50人以上の会社で働く人は約5万人いる。 一方、2013年度の障害雇用実態調査によると、転職経験者の33.8%が「職場の雰囲気・人間関係」に悩んで直前の仕事をやめていた。
 発達障害は対人関係を築くのが難しい自閉症やアスペルガー症候群、読み書きなどが困難な学習障害など多様だ。精神障害と同様に個人差も大きい。このため、養成講座では精神障害や発達障害の種類や特性、一緒に働く上での留意事項などを学んでもらう。各地の労働局で年3回ほど開催。講師は精神保健福祉士や臨床心理士らが担い、年2万人の受講をめざす。
 障害を会社に申告している人だけでなく、申告していなくても困っている人がいれば支援してもらう。   (井上充昌)


◆障害者就労支援 課税に戸惑い
国税庁「収益事業」 NPOは「福祉目的」  朝日新聞 2018(平成30)年3月6日

 NPO法人による障害者向けの就労支援について、国税庁が「原則、収益事業で納税義務がある」との見解を示した。全国の小規模作業所に不安が広がり、課税を不服として争う法人もある。作業所などの全国団体「きょうされん」(事務局・東京)は近く、国税庁長官に撤回を求める。

《平成29年7月にホームページで発表した国税庁の見解》
・NPO法人による障害者向けの就労支援は、障害者と契約し、役務を提供し、利用料を受け取る「請負業」である。

・税法上、収益事業は請負のほか物品販売、製造など34業種に限られる。

・NPO法人の障害福祉サービスは以前から収益事業だが、複数の税務署から相談があり、見解を示した。

NPO法人と課税
 特定非営利活動促進法により設立されたNPO法人は株式会社と違い、毎年の利益や解散するときの残余財産を構成員に分配できないが、利益を上げる事業は行える。法人税は所得に課税するので赤字のNPO法人は課税されない。所得が年800万円以下のNPO法人の税率は中小企業と同じ15%  

 広島市の「つくしんぼ作業所」は国などの給付金を受け、就労困難な知的障害者に働く場を提供。19~46歳の男女18人がクッキーを作るなどしている。2007年にNPO法人となった際、税務署から「収益事業でない」と説明を受けた。だが、15年に一転して収益事業と指摘され、法人税や無申告加算税など過去3年分で計約200万円を課せられ、昨年(平成29年)4月、「運営はボランティアの支えもあり、福祉が目的で収益事業ではない」と、広島国税不服審判所に税の取り消しを求めて審査請求した。今月(平成30年3月)にも結論が出る見通しだ。
 厚生労働省によると、つくしんぼ作業所のようなNPO法人は全国で約3300( 16年10月現在)に上る。

 国税庁の方針に対しては、税理士や会計士ら約500人でつくる「NPOの会計税務専門家ネットワーク」も反発している。ネットワークが14年発行の書籍で「NPOの就労支援は非課税」と解説しているからだ。
 岩永清滋理事は「国税庁の一方的な解釈だけで、NPOの事業の内容は変わらないのに税が過去にさかのぼって徴収される。課税するのなら税法を整備するべきだ」と訴える。
 「全国重症児ディサービス・ネットワーク」(名古屋市)の鈴木由夫代表理事も国税庁の見解発表に「ホームページで対応するような問題ではない」と批判する。

 一方、名古屋大の高橋祐介教授(租税法)は「NPOの収益事業への課税は、他の法人との競争条件の公平を確保するなどの理由からだ。現在の法の枠組みでは、NPOの障害福祉サービスだけ特別扱いするのは難しい」と指摘する。
 つくしんぼ作業所の顧問税理士を務める桧崎祥子さんは「福祉を主体とするNPOも企業のような節税策を考えなくてはいけなくなる」と心配する。

(村上潤治)


◆障害者就労支援「課税適法」 朝日新聞 2018(平成30)年4月6日

 
障害者の就労を支援する広島市のNPO法人が、法人税の取り消しを求めた審判請求について、広島国税不服審判所は「(税務署長の)課税は適法」と請求を棄却した。NPOは提訴するか検討するとしている。裁決は3月29日付。
 
審判でNPOは「福祉目的で収益事業でない」と主張した。審判所は「収益事業の請負業」と判断し、収益事業から除外されるには「利益の相当部分から給与などととして支給することが必要」と指摘した。NPO代理人の税理士は「国などから障害者を経てNPOに入る福祉サービスの利用料は給与などの工賃にあててはならず、裁決は不当」としている。


 
《コロナ禍》
 2020(令和2)年5月、政府の専門家会議は「新しい生活様式」を公表し、「テレワークやローテーション勤務」などを推奨した。

コロナで失職 1万人超 
 5月7000人増 急速に悪化
 朝日新聞 2020(令和2)年5月23日
 新型コロナウイルスの影響で解雇や雇い止めをされたり、その見通しがあったりする働き手が1万人を超えたことを厚生労働省が22日、明らかにした。5月に入ってから7千人増え、約3倍になっており、雇用情勢が急速に悪化している可能性がある。


コロナ禍 障害者の働く場 揺らぐ 朝日新聞 2020(令和2)年7月15日
 コロナ禍で、働く障害者が働き方で戸惑ったり、収入面で困難に直面したりしています。どんなことが起きているのでしょうか。

(有近隆史、畑山敦子、森本美紀)


出社抑制 在宅続き病状悪化も
 「自分は家から出るということが病状の安定につながっていたことがわかった。コロナで会社に行くことも外出することも止められ、体調が悪化してしまった」。うつ病の男性(50)はそう話す。

 SOMPOホールディングスが障害者雇用を進めるために設けた特例子会社「SOMPOチャレンジド」では、約50人の精神障害や知的障害のある人が働く。男性もその一人で、保険料領収証の交付を担当。新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言後は在宅勤務が続き、今も週の半分は在宅勤務だ。
 在宅勤務でもできる限り出勤日と同じ生活リズムになるよう、通勤時間帯に自宅近くを1時間ほどウォーキング。それでもストレスで胃痛や便秘などがあったという。
 同社総合企画部長の無田智英さんは「在宅が長期間に及ぶことで、本人たちの生活リズムが崩れるのが心配だった」と話す。在宅勤務が続いている際は、社長や職場のメンバーからのメッセージを載せたミニ通信を発行するなどして、会社とのつながりを少しでも感じてもらうようにしていた。今後について、無田さんは「在宅勤務を前提とした業務の開拓や、出社時と変わらない程度の体調管理やフォローをしていく態勢をつくらないといけない」としている。

貴重な工賃 売り上げ減り半分に
 知的障害の人が働く「かがやけ第2共同作業所」(東京都)に通う吉田留男さん(65)は一人暮らしで、事業所で得る収入は貴重な生活費だ。「かがやけ」は、雇用契約を結ばず緩やかに働く事業所(就労継続支援B型)。
 利用者の賃金にあたる「工賃」は、敷地内にある喫茶店の売り上げ などから支払われる。3月まで工賃は月平均2万円だったが、新型コロナによる売り上げ減少の影響で、4月は約1万5千円、5月は約9千円と半分まで減った。
「ずっと家に1人なのは不安。同年代の仲間と話すのが楽しみ」。事業所が利用自粛を呼びかけた4~5月も、週5日、午前中だけ通った。

 「夢工房ねむの木」(広島三次市)も「かがやけ」と同じタイプの事業所で、レストラン運営や弁当の製造販売などをしている。精神障害のある舛田玉緒さん(52)の工賃は、月約2万円。3分の2を母親との生活費、残りを好きなシャンプーの購入などにあてる。工賃は時給で「通っていくらの仕事。生活に大事な収入です」。さらに「社会に役立つことが喜び」とも。
 事業所は休止していたレストランを6月に再開したが利用者は元に戻らず、今年度は赤字になる見込みだという。担当者はわずかな工賃を頼りにしている障害者は多く、工賃を保障する抜本的な対策を国は考えてほしい」と訴える。


事業所へ さらなる支援が課題
 新型コロナに関する国の第2次補正予算には、生産活動の収入が減少した就労継続支援事業所への支援策が盛り込まれた。一定の条件を満たした事業所に最大50万円を補助する。ただ、家賃などの固定費や販路拡大に必要な費用など生産活動を後押しする補助金なので、「工賃や賃金にあてることはできない」(厚生労働省)という。

 埼玉県立大の朝日雅也教授(障害者福祉)は「事業者が在宅勤務に対応していなかったり、工賃が乏しかったり、障害者の働く仕組みの脆弱さが新型コロナで浮き彫りになった。障害者にとって、働くことは重要な社会参加の手立て。働く場を守らないといけない」と指摘する。
 社会参加の点では、障害者の外出を支える基盤にも危うさが生じている。

 「ライフサポートゆたか」(名古屋市)では、障害者の外出にヘルパーが付き添う支援が3月は予定の約130件のうち90件がキャンセル。障害福祉サービス制度に基づく報酬が月平均を約150万円下回った影響で、2019年度の決算は赤字になった。今治信一郎所長は「事業が続けられないと、障害者の暮らしを守れない」と話す。
 こうした状況について、朝日教授は「サービスは障害者の生活に必要不可欠で、一時的な需要減で事業者が淘汰されていいものではない。国による収入保障や、事業者間で業務を融通し合って減収を防ぐことも必要だ」と語る。


   厚生労働省:ディセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)について



雇用シェア  働き手の安心のために   朝日新聞社説 2021・7・1
 新型コロナの影響による解雇や雇い止めが累計10万人を超えるなど、コロナ禍は雇用にも影響を落とす。そこで注目されるのが、一時的な出向を活用して雇用を守ろうとする動きだ。
 国内外で 休減便を迫られ、4千億円超と過去最大級の赤字に陥ったANAホールディングス。固定費を削るのに懸命だが新たな人員削減はしない。代わりに打ち出したのが「グループ外企業への出向」だ。会社に籍を残したまま、航空需要が回復するまで、資本などの関係がない企業に社員を出向させ、受け取る出向料で人件費負担を減らす。

 昨年10月に方針を打ち出すと受け入れの希望が相次いだ。 翌月から半年間、32人が家電量販店大手のコールセンターに出向したのを皮切りに、今年4月までに客室乗務員ら750人が、小売店での勤務や接客指導などに当たった。日本航空も5月末時点で1日約1700人を企業や地方自治体など130団体に送り出す。
 航空業界以外でも観光バス運転手がトラック運送に、自動車関連企業から半導体メーカーに出向した例などがあるという。

 ほころびが生じたとはいえ終身雇用が根付いている日本は、再就職市場が未成熟で、リストラされるとたちまち生活に行き詰まる働き手も多かった。企業間で一時的に人材を融通する「雇用シェア」は、無理なく雇用を維持するための選択肢となり得る。会社側にとっても、育てた人材を手放さず、業績の回復後に復帰してもらえれば、メリットになる。
 政府も注目し、厚生労働省は今年2月、送り出す側、出向先双方の企業に賃金や経費を最大9割助成する制度を始めた。経済界などとモデル事業に取り組む自治体もある。

 ただ、従来は子会社などに限られていた出向を拡大すれば、課題も多いだろう。
 労働者は将棋の駒ではない。いきなりついた不慣れな作業で、期待される成果を直ちに出せるのか。各種休暇の取得要件などに格差があったら、どちらが適用されるのか。出向先での成果を、元の会社で適切に評価してもらえるのか。そもそも出向期間後、本当に元の会社に復帰できるのか――。多くの不安を感じても不思議はない。

 送り出す企業と受け入れ先双方が、働き手に丁寧に説明して納得してもらい、能力を十分発揮できるよう最善を尽くさねばならない。政府は、双方が出向協定を結ぶ際のガイドラインなどを定め、働き手を保護するルールを徹底させる必要がある。
 コロナの禍を転じて、企業、働き手ともに安心できる新たな働き方への歩みと成したい。



<参考>
◇令和5年 障害者雇用状況の集計結果
 PDF 


  
   
    障害者の就労支援を考える

    障害者雇用法制度の変遷

   
 知的障害と就労について

    発達障害と障害者雇用制度

    平成30年版 厚生労働白書 を考える

    一億総活躍社会と働き方改革とは

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日本の障害児(者)の教育や福祉をめぐる問題、課題を考察し、今後を展望
田研出版 3190円 A5判 316頁







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