「平成30年版 厚生労働白書」
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 厚生労働省は2019(令和元)年7月9日、「平成30年版 厚生労働白書」を公表しました。この白書には「障害や病気などと向き合い、すべての人が活躍できる社会に」というサブタイトルがついています。

 厚生労働大臣は、白書の刊行に当たって「この白書が、包摂と多様性がもたらす持続的な社会の発展に向けて、理解や議論を深めていただく一助となることを願っています。」と記しています。

 確かに物事を進める上で理解や議論を深めるというのは大切なことだと思います。厚生労働白書に対する国民の関心はどの程度かわかりませんが、このページが少しでも白書に関心をもつきっかけとなれば幸いです。



平成30年版 厚生労働白書の概略
平成30年版の白書の公表が遅れたことについて
平成30年版 厚生労働白書のサブタイトルについて

一億総活躍社会と働き方改革とは





平成30年版 厚生労働白書の概略

 この白書は、「はじめに」で、次のように記しています。

  少子高齢化と人口減少という、これまでに経験したことのない危機に対処するため、政府は、「ニッポン一億総活躍プラン」(平成28年6月閣議決定)において、女性 も男性も、お年寄りも若者も、一度失敗を経験した方も、障害や難病のある方も、家庭で、職場で、地域で、あらゆる場で、誰もが包摂され活躍できる「一億総活躍社会」を目指すこととした。
 一億総活躍社会、すなわち、全ての人が包摂される社会が実現できれ ば、安心感が醸成され、将来の見通しが確かになり、消費の底上げ、投資の拡大にもつながる。また、多様な個人の能力の発揮による労働参加率向上やイノベーションの創出が図 られることを通じて、経済成長が加速することが期待される。
  この一億総活躍社会を実現するためには、障害者、難病患者、がん患者等が、希望や能力、障害や疾病の特性等に応じて最大限活躍できる環境を整備することが必要である。
 病気や障害などを有していても、自己の能力を最大限に発揮し、個性を活かして生きていけるようにすることは、本人の人生の充実という観点から大切である。そして、働くことを始めとする社会参加の意欲のある人誰もが、その能力を発揮できるような環境づくりを行うことは、社会保障の支え手を増やす観点からも、我が国の経済活力の維持にとっても重要である。人生において病気や障害などを有する可能性は誰にでもある中で、様々な選択肢が用意され、それを支える仕組みがあることが、多様な人々が「支え手」「受け手」という関係を超えて支え合い、多様性を尊重し包摂する社会、誰もが安心して暮らせる社会 の実現につながる。
  このような認識をもとに、平成30年版厚生労働白書では、その第1部のテーマとして、 障害や病気などを有する方々の社会参加や就労の推進を取り上げることとした。

 (以下略)

 この白書の内容は、第1部と第2部に分けた構成になっています。

 第1部は、「障害や病気などと向き合い、全ての人が活躍できる社会に」という見出しで、障害や病気を有する人々に焦点を当て、障害の特性や病状などの事情に応じ、就労や社会参加を通じて自分らしく生きることができる社会の実現に向け、現状や国民意識、事例の分析を整理し、そのうえで、全ての人が活躍できる社会の実現に向けた方向性を示しています。

 第2部は、「現下の政策課題への対応」という見出しで、子育て、雇用、年金、医療・介護など、厚生労働行政の各分野に関する最近の施策の動きをまとめています。


平成30年版の白書の公表が遅れたことについて

 厚生労働白書は例年、その年の10月頃までには公表されてきましたが、平成30年版の厚生労働白書の公表は大幅に遅れました。

 年度内に公表できなかったことについて、白書の冒頭「はじめに」で、中央省庁の障害者雇用数の水増し問題と毎月勤労統計についての不適切な取扱いが長年にわたり続けられてきた事案が発覚したことで、その対応等で公表が大幅に遅れたことの反省とお詫びがあり、「本来は平成29年度次行政報告という位置づけにあるため、おおむね2018(平成30)年3月末までの動きを中心に記述している。直近の施策や動向については次回以降の白書で反映させていくこととしている」との断りが記されています。

 ちなみに平成29年版の厚生労働白書の公表は平成29年11月6日で、サブタイトルは「社会保障と経済成長」でした。

 平成30年版 厚生労働白書は書店で購入できますが、厚生労働省のホームページからもインターネットで検索すれば簡単に閲覧できます。

 
 厚生労働省:平成30年版 厚生労働白書
   ―障害や病気などと向き合い、全ての人が活躍できる社会にー (全体版)



平成30年版 厚生労働白書のサブタイトルについて

 平成30年版厚生労働白書のサブタイトルには「障害や病気などと向き合い、全ての人が活躍できる社会に」とあります。人の暮らしにおいて障害や病気とどのように向き合うかということはきわめて大事なことです。それはいわゆる「生活の質」にも関係することであり、誰もが障害や病気と向き合うことができる社会を目指すというのはよいと思います。

 しかし全ての人が活躍できる社会とは、実際的、具体的にはどのような社会なのでしょうか。そもそも活躍とはどういう意味でしょうか。広辞苑(第六版)には、「めざましく活動すること。大いに手腕をふるうこと。」とあります。要するに、目立つ活動(働き)で成果をあげるというような意味だと思います。
 活躍したいという思いは誰もが抱くにしても、なかなか思うようにはいかない現実があると思います。ましてや障害や病気の内容やその程度や状態によってはそうだと思います。自他ともに認めあえる、あるいは納得や満足のいくような「めざましい活動」「手腕をふるう」「成果をあげる」というようなことが本当に誰もができる社会の実現は可能なのでしょうか。

 誰もが活躍できる社会ならそれは大変すばらしいと思うと同時に、白書のサブタイトルにはなぜか違和感を覚えます。それは、「障害や病気と向き合う」ということと「活躍できる」ということは、一般的には相いれない二つの事柄であり、それを合わせて掲げているからです。
 「活躍」という言葉には元気や勢いを感じることはできますが、「全ての人が活躍できる社会に」といわれて果たして、誰もが希望をもって、期待に応えられるような活躍ができるようになるでしょうか。受け止め方によってはむしろ、障害や病気で活躍できないのはダメな人間だというような方向に向かう危険性があるように思います。

 おそらくこのサブタイトルは、相いれない二つの事柄を合わせて、その両方を目指す政策的意図を強調したのだと思います。障害や病気があってもその人なりの人生があり、その人なりの生き方を実現するということは可能なわけですから、そうした可能性を大切に、障害や病気と向き合う社会の実現を目指すという意味ならば、それは大いに理解できます。そういう意味だというのであれば、「全ての人が安心して暮らせる社会に」とでもすればよさそうなものですが、なぜ、「全ての人が活躍できる社会に」としたのでしょうか。

 それはおそらく国家的な財政問題が関係することだからだと思います。「全ての人が安心して暮らせる社会に」とすれば、文化国家にふさわしい人間的な温かさや豊かさが感じられる表現になると思います。しかしそのように表現するとなると、そのための確かな裏付けが必要となります。そこに問題があるからです。「全ての人が活躍できる」という言い方には、財政的な問題を巧みにはぐらかそうとする政策的な意図が感じられます。

 白書の「はじめに」で記している、「多様な個人の能力の発揮による労働参加率向上やイノベーションの創出が図られることを通じて、経済成長が加速することが期待される」 「障害者、難病患者、がん患者等が、希望や能力、障害や疾病の特性等に応じて最大限活躍できる環境を整備することが必要である」 「働くことを始めとする社会参加の意欲のある人誰もが、その能力を発揮できるような環境づくりを行うことは、社会保障の支え手を増やす観点からも、我が国の経済活力の維持にとっても重要である」というところに白書の本音があるのだと思います。

 その本音の部分が重要なわけですが、それを「一億総活躍社会」などという短絡的な政策標語を掲げ、「全ての人が活躍できる社会に」などとはぐらかすようなことのないまっとうな考え方や取り組みこそがいま求められているはずです。

 「生産性の向上」とか「成長戦略」という言葉が頻繁に政策課題として飛び交っているのは、成熟した本物の文化国家になりえていないということだと思います。「生産性の向上」は「質的向上」を目指すということに、「成長戦略」は「成熟・充実戦略」へと転身を図るということでなければならないと思います。

 ひびきはよくても、問題の本質をはぐらかすような誇大な政策標語だけが先行するようなことのない、人権や、社会福祉と社会保障の関係をしっかりと踏まえた文化国家としての確かな政策に期待したいと思います。


 一億総活躍社会と働き方改革とは





    


  障害者福祉と社会福祉と社会保障

  障害者の働く権利と「福祉的就労」の意義

  知的障害者の就労について

























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