人としてよく育ち、よく生きるための教育であるならば、障害をもつ子どもの教育も、障害のない子どもの教育も、その教育目標は一つです。
しかし障害児(者)にとって効果的な教育内容や方法を具体的に考えるということでは、その障害の内容や程度や状態に配慮することが大切であり、成長発達段階に即したものでなければなりません。
障害児(者)の教育を受ける権利を保障するからには、障害の内容やその程度や状態に配慮した教育内容や教育方法等の諸条件が整っていなければならないし、教育を受ける機会や場が用意されていなければなりません。
それは教育を受ける権利に対する教育を受けさせる義務を意味します。
教育を受ける権利の保障と特別支援教育
ノーマライゼーションとインクルーシブ教育
教育の機会均等について
学校教育法でいう 「準ずる教育」 とは
「特別支援教育」はなぜ必要なのか
障害者差別解消法の施行と大学の対応
不登校対策をめぐって
教育を受ける権利の保障と特別支援教育
日本の教育制度は、原則として障害の有無で教育を受ける場としての学校を分けてきましたが、2007(平成19)年4月1日から「学校教育法等の一部を改正する法律」によって、従来の盲(もう)学校・聾(ろう)学校・養護学校という障害種別による学校の区分をなくして、特別な教育的ニーズを抱えるいわゆる「発達障害」も支援の対象に含めた特別支援教育のための「特別支援学校」の制度が始まりました。
特別支援教育をどのように充実発展させるか、そのための教育的環境条件をどのように整えていくかは、今日的な、きわめて重要な課題です。障害種別の区分をなくすというのは、障害の内容等には関係なく誰もが教育を受けられるようにするということであって、障害の内容やその程度や状態等への配慮を何もせずに、単に一緒に学ばせるということではないのですが、そこに誤解と混乱が生じているのではないでしょうか。
教育といえば、一般的には、いわゆる読み書き算数の能力を重視し、そうしたことを教えることが大切だとする教科学習的な教育方法論への執着や知育偏重が根強くあるようです。むろんそうした能力を発揮できるようにすることは教育的な部分としては大切であり、必要であることはいうまでもありません。
しかし障害の内容やその程度や状態によっては、教科学習的な教育の内容や方法では、それを理解することがむずかしいということもあるわけです。その場合、単に教科主義的教育の内容や方法を強いるのではない教育的な配慮を要します。そこに特別支援教育の意味があると思います。
特別支援教育について:文部科学省
合理的配慮について:文部科学省
ノーマライゼーションとインクルーシブ教育
ノーマライゼーション理念によるところの「共に学ぶ」という考え方の方向性はよいとしても、それは障害児(者)を対象とした専門的な教育の取り組みを否定するものであってはならないはずです。
しかしノーマライゼーションの理念が、すべての子どもを普通の学校又は普通の学級へと主張し、障害児を対象にした養護学校や障害児学級そのものを否定するような運動に結びついてきた経緯があります。
現在、教育の分野では障害児の教育を、いわゆる地域の普通の学校や学級に統合して行うというインテグレーション(統合教育)をさらに発展させた考え方であるインクルージョンがノーマライゼーションと並ぶ新たな理念となっています。
インクルージョンとは、「包み込む」という意味で、それは障害をもつ人を含め、さまざまな違いを認め合い、障害をもつ人ももたない人も、共に学ぶ社会を目指すということであり、教育の分野におけるその具現化がインクルーシブ教育です。
それはすべての子どもが地域社会の学校教育の場に包み込まれ、それぞれに必要な教育が受けられるようにすることを意味しますが、教育を受ける権利で大切なことは、どのような教育をどのような方法で、どのような教育的環境条件の下で受けることができるかどうかということです。
「一人ひとりを大切にした教育」ということがいわれていますが、そこで重要なことは、一人ひとりに対して具体的にどのように対応していくかということです。
教育の機会均等について
日本国憲法の第26条には、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。」とあります。
教育基本法の第4条には「すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、~」「国及び地方公共団体は、障害のある者が、その障害の状態に応じ、十分な教育を受けられるよう、教育上必要な支援を講じなければならない。」と定めています。
憲法の、「その能力に応じて、ひとしく教育を受ける」「普通教育を受けさせる義務」ということと、教育基本法に定める「その障害の状態に応じ」ということは、教育を受ける権利の保障の問題を考える上できわめて重要な点だと思います。
「その能力に応じ」というのは、能力的個人差や能力的発達の程度や状態に応じるということであり、「その障害の状態に応じ」というのは、その障害の内容や程度・状態に応じることであるわけですから、その場合の「ひとしく」というのは、教育の内容や方法が教育を受ける人すべてに、まったく同じであればよいということではなく、また同じことを強要するものでもないはずです。
つまり「ひとしく」というのは、「一律に」ということとは違うということです。
また「普通教育」とは、どのような教育内容をいうのか漠然としていますが、それは一応、人としてあるいは社会の構成員として生活していくうえで必要な教育だとか、次代を担うために必要な教育だと解釈すれば、それは文化レベルや生活習慣あるいはその時代状況など社会的環境条件との関連で相対的に考えられるものだということになります。
しかもその教育の内容や方法は、教育を受ける権利を有する側によって考えられるのではなく、教育を受けさせる義務を負う側の価値観や判断基準に基づいて考えられるものだということになります。まさに学校教育における教育内容や方法はそういうことになります。その点でどのような教育の内容や方法を考えるかということがきわめて重要なことになるわけですが、ひとしく教育を受けさせるということと、一律的・画一的な教育を受けさせるということが無差別平等論の下に混同されているように思います。
教育の分野では今、障害児の教育を地域の普通の学校や学級に統合して行うインテグレーション(統合教育)を発展させた考え方であるインクルージョンがノーマライゼーションと並ぶ新たな理念となっているわけですが、それは教育を受ける権利ということからすれば、多様な障害の内容や状態等に応じた多様な教育の内容や方法があり、多様な教育の場が用意されていなければならないということであって、それは権利に対する義務です。そしてそれが本来の教育の機会均等ということであるはずです。
いろいろあってよいはずであり、多様化の時代などといわれているにもかかわらず、みんな同じ教育の場で、同じ教育の内容や方法、ということにこだわるところに混乱が生じている現状があるように思います。
学校教育法でいう 「準ずる教育」 とは
学校教育法の第72条に特別支援学校の目的として、「特別支援学校は、視覚障害者、聴覚障害者、知的障害者、肢体不自由者又は病弱者(身体虚弱者を含む。以下同じ。)に対して、幼稚園、小学校、中学校又は高等学校に準ずる教育を施すとともに、障害による学習上又は生活上の困難を克服し自立を図るために必要な知識技能を授けることを目的とする。」とあります。
この学校教育法でいう「幼稚園、小学校、中学校又は高等学校に準ずる教育を施す」ということをどのように考えるかということも重要な問題だと思います。
準ずる教育という言い方は、障害のない子どもの教育になぞらえるということであり、端的にいえば、同じようにするとか似せるということだと思います。
同じようにするとか似せるということで何も問題がないのであれば、わざわざ「準ずる」などと紛らわしい言い回しをせずに、最初から「同じ教育」といえばよいはずです。しかしいわゆる一般的な学校と同じでは問題があるからこそ教育のための特別な支援を行うという意味で「特別支援教育」、「特別支援学校」というのだと思います。
特別な教育支援を行うというのであれば、その学校での具体的な教育の内容や方法は、一般的な学校に「準ずる教育」ではなく、障害の状態等に応じた「適切な教育」を行うということでなければならないと思います。
「準ずる教育」から「適切な教育」に改めることにより、特別支援学校での具体的な教育的支援の方向性やそのための教育の内容や方法が考えやすくなり、工夫もしやすくなるはずです。
特別支援教育が必要だとするならば、その前提として重要なことは何よりもまずその対象となる児童生徒の実態の把握と、そのためにどのような教育をどのように行うかということを考えなければなりません。そうでなければ特別支援と称する教育の内容や方法を具体的に追求していくことにはならないからです。当然そうしたことで現在に至っているのかもしれませんが、「準ずる教育」へのこだわりはなぜか根強いようです。
障害のない児童や生徒を対象にしたいわゆる普通教育とまったく同じような内容や方法では無理があるわけですが、そうしたことの理解認識が正しくなされないまま、未消化のままの人権論や無差別平等論、ノーマライゼーションやインクルージョンなどの論理に翻弄されてしまっているようなところがあるのではないでしょうか。
準ずる教育による混乱とそれによる弊害を招かないためにも、また教育的意義や教育的効果の点からも、教育を受ける権利に対する教育を受けさせる義務という点からも「準ずる教育」は「適切な教育」に改めるべきではないかと考えます。
「特別支援教育」はなぜ必要なのか
「~、障害による学習上又は生活上の困難を克服し自立を図るために必要な知識技能を授けることを目的とする」というのは、単なる建て前論的な作文であるならばそれでもよいかもしれません。
しかし、「学習上又は生活上の困難を克服して自立を図る」という、その自立とはどのような自立を意味するのか、それが実はきわめて重要なことなのですが、なぜかその点の具体的な考え方がなおざりにされたまま現在に至っているといっても過言ではありません。
特別支援教育は、教育を受ける権利を有する児童や生徒のためにあるはずです。誰のための、何のための教育か、特別支援教育と称する意味は何か、ということを改めて考え直してみる必要があるように思います。
戦後日本の教育施策として障害児の学校教育が義務制になったのはよいと思います。しかし学校を卒業後の就労や日々の生活、さらにその老後に至る「親亡き後」の暮らしを概観すれば、その道筋は依然として整備されているとはいえません。
障害をどのように受容し、学校卒業後の生活をどのように見据え、そのための教育をどのように考えるか、ということが大切なわけですが、どのように暮らす(暮らせる)かの道筋が見えてこそ具体的な教育の目標や教育の内容や方法が考えられることだと思います。
1979(昭和54)年に養護学校の義務制が実施されてからのこれまでの教育の内容や方法論をめぐる諸問題及び学校卒業後の諸問題を直視し、今一度、障害児(者)の教育や福祉について原点に立ち返って考え直してみる必要があると思います。
日本の障害児(者)の教育と福祉
発達障害と特別支援教育について
障害者差別解消法の施行で、入試や授業についても、障害者への「合理的配慮」が求められています。
発達障害 大学で支援
全大学の半数超に在籍 朝日新聞 2012(平成24)年7月4日
発達障害の学生が学ぶ機会を確保するため、大学が支援に取り組み始めている。日本学生支援機構の2011年の調査では、発達障害の学生が在籍する大学が、初めて全大学の半数を超えた。2人に1人が大学に進む時代になり、学生が多様化してきたことが背景にある。
支援機構の調査では、大学院を含む全学生約302万人のうち、発達障害の診断書があるのは1179人。診断書はないものも含め何らかの教育上の配慮を受けている学生は2918人にのぼった。発達障害の学生がいる大学は455校で全体の58.6%で、5割を超えた。
何らかの支援をしている大学は371校で47.8%。内容は多い順に①休憩室の確保②学生に合わせて実技や実習に配慮する③授業などの注意事項を文書できめ細かに伝達する④教室の座席位置などへの配慮⑤講義内容の録音を許可する⑥期末試験時間などの延長、別室受験―だった。
発達障害の支援教育に詳しい信州大の高橋知音教授は「高校までと違い、大学は授業の選択から始まる。ここでつまずき、初めて問題が顕在化するケースが少なくない。他学生と同じ条件で学ぶ機会、権利を保障するのが大事」と話している。
2005年施行の発達障害者支援法では、大学や高専に「障害の状態に応じ、適切な教育上の配慮をする」ことが規定されている。
発達障害 大学生のケア後手
大学・院生、8年前の20倍 4月から配慮義務 朝日新聞 2016(平成28)年2月27日
4月から障害者への配慮を大学に義務づける法律が施行される。受験時の配慮は進んでいるが入学後の対応は遅れがちだ。特に8年前の20倍以上に急増した発達障害の大学生についての体制作りが課題になっている。
障害ある大学生 支援の輪 朝日新聞 2016(平成28)年3月5日
全国の大学で障害がある学生への支援が広がっている。4月の障害者差別解消法の施行を前に、障害に向き合う学生、教職員の姿を取材した。
書けなくても高校・大学へ
入試でパソコン 入学後も配慮 朝日新聞 2016(平成28)年3月25日
平成28年4月に施行される障害者差別解消法では、入試や授業についても、障害者への「合理的配慮」が求められる。法施行に先駆けた「配慮」で、光が見えた子もいる。
文部科学省 : 障がいのある学生の修学支援に関する検討会報告
障害のある子の進学支えて10年
東大のプログラム70人が大学へ
就労これからの課題に 朝日新聞2016(平成28)年11月11日
障害のある子どもの大学を支援してきた東大先端科学技術研究センターの「DO-IT Japan プログラム」が、10年目を迎えた。多くの子どもの進学を支えてきたが、今春の障害者差別解消法の施行で法的な枠組みが整ったことを受け、今後は就労の課題にも力を入れるという。
(PDF)
障害者差別解消法施行から1年
学習障害 手探りの配慮受験 朝日新聞 2017(平成29)年4月23日
個別の問題用紙 直前OK 一般の高校・大学「進学増加も」
ぺッパーと授業 自立への道
発達障害の12歳プログラミング 朝日新聞 2017(平成29)年4月24日
障害者差別解消法は、障害がある子どもが差別を感じずに学べる環境づくりを学校現場に求めている。特別支援学校に在籍しながらプログラミングを学び、デジタルデザイナーを目指す少年がいる。
プログラミング教育 コンピューターに動きを指示するために使われるプログラムを学ぶ教育。技術を、学ぶだけでなく、自分が求めることを実現するために必要な動作や記号を考え、組み合わせながら改善していく、論理的な「プログラミング的思考」を育むのが狙いとされている。新しい学習指導要領に盛り込まれ、小学校でも2020年度から必修化される。
バリアフリー教育充実
「共生社会」実現目指す 東京五輪向け推進 朝日新聞 2016(平成28)年7月15日
政府は2020年東京五輪・パラリンピックに向け、障害のある人もない人も支え合って生きる「共生社会」の実現を目指す推進計画をまとめた。障害への理解を深める学校教育の充実が柱。
障害のある人との交流や共同学習を増やしたり、教科書の記述を充実させたりする。
共生社会のあり方など議論する15日の政府の有識者会議(議長・遠藤利明担当相)で計画案を示し、8月に決定する。
計画は、東京五輪を「成熟社会における先進的な取り組みを世界に示す契機で、我が国が共生社会に向けた大きな一歩を踏み出すきっかけにしたい」と位置づけた。 そのうえで、共生社会の実現に向けた学校教育の重要性を指摘。幼稚園から大学まで、切れ目のない教育を展開するとした。
具体的には、17年度までに文部科学省や厚生労働省を中心に「心のバリアフリー学習推進会議」を設置。小中学校で、障害のある人との交流などを活性化させるためのネットワークづくりを進める。
20年以降の学習指導要領の改訂で、道徳や音楽、図工、美術、体育などの教科で、「障害のある人への理解を図る『心のバリアフリー』の指導や教科書などを充実させる」との方針も盛り込んだ。
学習指導要領の改訂に先駆け、来年度までに副教材などを用いた教育も進める。20年には全国の特別支援学校を拠点としたスポーツ大会を開催し、交流を深めるという。 (山岸一生)
◆教育機会確保法 不登校対策で終わるな 朝日新聞 社説 2016(平成28)年12月13日
フリースクールをはじめ、学校の枠にしばられない多様な学びを正式な制度として親や子が選びとる道は、結局認められなかった。議員立法による「教育機会確保法」が成立した。
安倍首相が2年前にフリースクールを訪問し、超党派の議員連盟が法律づくりの準備を始めて機運が盛り上がったはずだった。だが、議論の過程で中身は大きく変わってしまった。
当初検討されたのは、フリースクールや自宅での学習を前提に、保護者が「個別学習計画」をつくり、教育委員会の認定を受ければ、義務教育を修了したと認める仕組みだった。
ところが「不登校を助長する」などと自民党内から異論が出て、骨抜きになった。代わりに法律に盛り込まれたのは、学校復帰を指導する自治体の「教育支援センター」や特別編成のカリキュラムの「不登校特例校」の整備など、現に行われている施策ばかりだ。
単なる不登校対策法といっていい。今の制度や対策に限界があるからこそ、新規の立法をめざしたのではなかったか。それでも状況を変える芽がまったくないわけではない。
法律は、学校以外の場で行う「多様で適切な学習活動」の重要性を認め、つらいときは学校を休んでもよいと「休養の必要性」を明記した。子どもの発達や参加の権利を保障する「子どもの権利条約」の趣旨にのっとることも、冒頭で宣言した。
文科省はこの法律にもとづき「基本指針」をつくる。どんな内容にするのか。民間団体の意見もていねいに聞きとり、公立だけでなく民間の施設やそこに通う子、自宅で過ごしている子もしっかり支える姿勢を打ち出すべきだ。
不登校の小中学生は12万6千人もいる。だがいまの法体系では、子どもが教育を受ける権利は学校で保障するしかない。法と現実との隔たりを放置し続けるのは、もはや許されない。
今回の法律制定で終わらせるのではなく、学校以外の学びをどこまで認め、それを公教育の中にどう位置づけるか、引き続き議論を深めねばならない。外国では、芸術の要素を採り入れたシュタイナー教育や、生徒らがルールをつくり、何を学ぶかを自主的に決めるサドベリー教育などが認知されている。そうした場から生まれる多様な価値観は、柔軟でたくましい社会を生む効果をあわせもつ。
法律には施行3年後の見直し規定もある。この成立を新たな検討の出発点としたい。
文部科学省:
義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律の公布について(通知) 平成28年12月22日
◆いじめ把握 低学年化
17年度41万件 不登校も最多 朝日新聞 2018(平成30)年10月26日 (1面)
全国の小中高校などで2017年度に41万4378件のいじめが把握され、前年度から約9万件増えて過去最多となったことが文部科学省の調査で分かった。特に小学校低学年で増加しており、小さなトラブルでもいじめとして把握し、早期対応することを学校に求めていることなどが影響しているとみられる。また、年間30日以上欠席し、「不登校」と判断された小中学生は計14万4031人で、前年度より約1万人増え、やはり過去最多だった。
◆子どもの現実 把握半ば 朝日新聞 2018(平成30)年10月26日 (2面)
昨年度に全国で不登校の小中学生と、小中高校などが把握したいじめはともに過去最多と文部科学省が発表した。解釈や、学校現場の意識の変化の影響が指摘される一方、低年齢化を懸念する声もある。(円山史、宮坂麻子、上野創)
不登校 5年連続増加 学校以外の居場所拡大
小中学生の不登校はこの5年間、増加を続け、文部科学省の調査で過去最多(2017年度)。中学生より小学生の増加が大きく、小学生の不登校は1千人あたり5.4人で10年前に比べて1.59倍になった。中部地方の公立小で校長を務める50代の男性によると、かつての勤務校で、不登校になった後、フリースクールなどを経て、高卒認定試験を受ける子もいた。以前は学校へ戻すことが良いとされたが、今はそんな時代ではないと思う。子どもの幸せが何かを考えながら、フリースクールなど学校以外の選択肢があることも提案していきたい。
2017年に教育機会確保法が施行されたこともあり、学校以外の学びの場や居場所が選択肢の一つとして広がってきている。
いじめ認知 最多の41万件 自治体で差 実態どこまで
いじめが最多となったことについて、いじめ問題を研究している折出健二・愛知教育大名誉教授は「細かい事案も調査対象になることが周知された結果だろう」と分析する。
関東地方の公立小学校に勤める女性教諭によると、学校にほぼ毎日、「うちの子がたたかれたといっている」などと、保護者からトラブルを訴える電話が入る。
そのたびに担任は、本人や相手の児童と個別面談し、学級のほかの子からも話を聞く。「1回たたかれただけでも、『謝ってくれず、ずっと嫌だと思っている』などと訴えがあれば、いじめとして調査し、件数にあげざるを得ない実態がある」。1千人あたりのいじめの認知件数は、自治体によって差が出た。ただ、この数字が本当に現状を反映しているかは不透明だ。
一方、折出名誉教授は「友達作りの経験の乏しい子が増えていることは事実。先生も授業を行うことで精いっぱい。他者との違いを受け止めるための指導や、子ども主体の学級づくりに手が回っていないことが、近年の初等教育の大きな課題だ」と指摘する。
自殺17年度250人 警察統計と開き
文科省によると、17年度に自殺した小中高生は250人。これに対し、警察庁の統計では341人で、91人の差があった。
警察は捜査などによって自殺かどうか判断する。一方、文科省は学校側からの報告が基本。同省は「自治体に捜査権はなく、踏み込むことは難しい」と話し、具体例として「保護者が病死だと主張する場合」などを挙げる。
学校の認識のずれによって、自殺の把握が遅れるケースもある。東日本の自治体では5年ほど前、中学生の男子生徒が自殺した。今年まとめられた報告書によると、学校関係者は警察から死因について直接的な説明を受けず「(警察は)それはいえないということだった。お母さんにもそれは聞けない」としていた。
報告書によると、警察などとのやりとりから職員は、事故で亡くなったと受け止め、自殺するとは思わなかったことから、教育委員会にもそのように報告した。原因究明を求めた遺族代理人から伝えられ、自殺だと知ったのは、生徒が亡くなった約1年半後だった。
NPO法人「ライフリンク」の清水康之代表は「都道府県警と教育委員会、さらに福祉部門が別々の情報に基づいて動くようでは、効果的な自殺対策はとれない。特に、学校側が把握していなければ、他の子どもや遺族への適切な支援や再発防止策につながらない」と指摘。「縦割りを排し、情報を共有して多角的に対応する必要がある」と訴える。
◆復学意思なくても「出席」
不登校生の学校外学習 文科省が通知 朝日新聞 2019(令和元)年10月26日
不登校の小中学生が全国で約16万5千人と増え続けていることなどを受けて、文部科学省は、従来の学校復帰を前提とした支援のあり方の見直しに乗り出す。フリースクールなど学外の施設に通う不登校生を「出席」扱いにしやすくする通知を、25日付で全国の教育委員会に出した。復学のみを目標にしがちだっ教育現場の意識改革につなげる狙いがある。
不登校生には、行政が支援する教育支援センターや民間のフリースクールなど学校外で学ぶ児童・生徒も多い。これまでも所属する学校長の判断でこうした子どもを出席扱いとする制度があった。ただ、文科省は、過去に出席扱いする条件として「学校復帰が前提」と解釈できる通知を出しており、学校に戻る意思がないと適用されないこともあった。「出席」扱いになったのは約2万3千人(2018年度)にとどまる。
不登校で「欠席」が増えると、受験などで不利な扱いを受けることもあるほか、教育関係者から「登校圧力が子どものストレスになる」などと指摘があった。16年に成立した「教育機会確保法」では、学校外の多様な学びの場を支援する方針が盛り込まれ、「無理に登校する必要はない」という認識が広がりつつある。
文科省幹部は「休養が必要な子どもには無理強いはせず、将来的に本人が復学を希望したときは円滑に戻れるような環境づくりをしてほしい」としている。
NPO法人「ストップいじめ!ナビ」の須永祐慈・副代表理事(40)は「正式な通知として出す意味は大きい。安心できる環境を充実させ、不登校の子の学習機会を拡充するための議論を進めるべきだ」と語った。
(矢島大輔、山下知子)
文部科学省:「不登校児童生徒への支援の在り方について(通知)」令和元年10月25日
◆不登校2割増 最多29万人
小中、4割専門相談せず 朝日新聞2023(令和5)年10月4日
学校現場の様々な課題を把握するため、文部科学省が実施する「児童生徒の問題行動・不登校調査」の2022年度の結果が判明した。不登校の小中学生は過去最多の約29万9千人。前年度比22・1%の大幅増となった。うち学校内外の専門機関に相談していない児童生徒も過去最多の約11万4千人。いじめは小中高などで約68万2千件が認知され、被害が深刻な「重大事態」は923件。いずれも過去最多だった。
今回の結果を受け、文科省はこども家庭庁と連携して、不登校といじめ対策の「緊急加速プラン」を策定。一部は今年度中から実行に移す。例えば、不登校で学びにつながっていない子どもを支援する地域拠点の強化などを前倒しで行う。いじめの事態に至る共通要素を把握して、同省の重大事態対応ガイドラインの改定で対策強化を図る。
不登校の約4割にあたる11万4217人は養護教諭や教育支援センターなど学校内外の専門機関に相談していなかった。
文科省2022年度の調査のポイント ( )は前年比
朝日新聞をもとに作成
不登校 |
小中学生 約29.9万人(22.1%増) 過去最多 |
うち専門の相談先につながっていない
約11.4万人(28.4%増) 過去最多
|
いじめ |
|
小中高など認知 約68.2万件(10.8%増) 過去最多
|
重大事態 923件(217件増) 過去最多 |
自殺 |
小中高が報告した人数411人 (43人増)過去2番目 |
暴力行為 |
小中高での発生 約9.5万件(24.8%増) 過去最多 |
いじめ認知 最多68万件
コロナ禍で縮小していた部活動や学校行事などが再開され、子どもどうしの接触機会が増えたことや、いじめの積極的な認知への理解が広がったことなどが影響したみられる。22年度末には、全体の8割近くの52万5773件で、いじめの状況が解消していた。
◆支援に漏れる不登校11万人
専門機関に相談ない児童生徒 急増
カウンセラー常駐なし 情報乏しい学校 朝日新聞2023(令和5)年10月17日
コロナ禍の制約緩和したが… 対人スキルへの影響続く
不登校の小中学生が異例のペースで増えている。文科省の「問題行動・不登校調査」によると、22年度は前年度比22%増。対前年度の増加率が最大だった21年度(同25%増)に続く大幅増となった。
急増した背景について、文科省の担当者は「コロナ禍の影響が続いているのでは」と話す。20、21年度は休校などで生活リズムが乱れやすい状況が続き、学校行事の縮小など様々な制限もあって交友関係を築くのが難しかった。22年度はコロナによる制約は緩和されたが、余波が収まっておらず、子どもの心や対人スキルへの影響が続いているとの見方だ。
千葉県のフリースクール「ネモ」の松島裕之代表は「給食中は私語を慎む」「マスク着用」といった学校生活の制約が増えるなか頑張って登校していたが、最近になって我慢しきれず、行けなくなった子もいると指摘。「影響が遅れて出ているのでは」とみる。
不登校の人数の対前年度増加率は、22年度は小学生が29%で、中学生の19%を上回った。小1~中3の学年ごとに増加率をみると、小1の47%が最大だった。
不登校を支援する認定NPO法人「たまりば」(川崎市)の西野博之理事長は「小学生が抱えるストレスの大きさがうかがえる。入学前から親たちが『学校生活に適応させないと』と過度に不安になり、読み書き算数や逆上がりを習わせるなどして、子どもがそれを圧力と感じている可能性がある」と話す。
(上野創、高嶋将之)
朝日新聞 社説 2023.10.27
フリースクール 多様な学び当たり前に
学校に行けない、行かない小中学生が30万人もいる時代だ。学校の枠にしばられない多様な学びを選ぶことが、当たり前に認められなければ、教育を受ける権利が保障された国とはいえない。
そんな危機感を抱かせたのが、滋賀県東近江市長の乱暴な発言だった。「フリースクールは国家の根幹を崩しかねない」「善良な市民は、嫌がる子どもを学校に押し込んででも義務教育を受けさせようとしている」。小椋正清市長の発言は17日、不登校対策を議論する県の首長会議で出た。会議後には「不登校の大半は親の責任」とも語った。
撤回を求める意見が相次ぎ、市長は24日に「軽率な発言だった」と釈明した。
「多様で適切な学習活動」の重要性を明記した教育機会確保法が超党派の議員立法で成立してから7年。地方自治体の長が、法の趣旨をここまでないがしろにすることに驚く人も多いだろう。
法の施行後、フリースクールに通う子の授業料や交通費を補助する自治体は徐々に増え、独自の認証制度を設ける動きも出てきた。19年には文科省が通知で「学校に戻ること」を前提としない方針を打ち出し、籍を置く学校が「出席扱い」にしやすくなった。
一方、こうした学びが公教育の枠外にあり続けているのも事実だ。確保法の当初案には、一定の基準を満たせば義務教育として認める仕組みがあったが、「不登校を助長する」などの異論が出て削除された。結果、公的支援は乏しいままで、経営に苦しむ施設や、授業料負担のために諦める家庭も多い。不登校の子や親が相談に訪れる地域の教育支援センターに「パンフレットを置くことすらできない」という運営者の訴えも聞く。
学校以外の施設が存在感を増し、すでに学びの一翼を担っている現実と、教育制度の中で「隠れた存在」であることのギャップが、今回の発言の背景にある。利用者が増え続けるなかで、授業料などを補助する自治体の戸惑いも理解はできる。
異年齢の子が共に学ぶ、芸術活動を重視する、といった従来の学校にはない教育や国際的な学びへの関心も高まっている。多様な学びを公教育の中にどう位置づけるのか。どこまで認め、どう質を担保するのか。デメリットも含め、立法過程で積み残した議論を深める時期に来ているのではないか。
「嫌がる子を無理に押し込む」のではなく、子どもが安心して学べる環境を整えることが国や行政、大人に課せられた責務なのだから。
「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律」
(平成二十八年法律第百五号)施行日: 令和五年四月一日(令和四年法律第七十六号による改正)
出典:e-Govポータル (https://www.e-gov.go.jp)
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教育を受ける権利の保障と教育の無償化について
保育・幼児教育の意義と重要性 《現状の問題》
教育を受ける権利と学歴偏重
発達障害をどのように理解するか
発達障害と特別支援教育について
共生社会とインクルーシブ教育を考える
大学の入試改革をめぐって
「9月入学」問題を考える
○浅井 浩 著 : 発達障害と 「自立」 「支援」 (田研出版 2007年6月発行)
A5判250頁 2750円
第1章 発達障害をどのように理解するか
発達期における「発達」の「障害」/発達と退行/発達障害の早期発見と早期対応の意義/障害の予防ということについて
第2章 発達障害の定義と障害の内容
「発達障害」の用語誕生の経緯/発達障害と精神遅滞・知的障害/アメリカ公法における発達障害の定義/
日本の法律上における発達障害の定義/発達障害の範囲と内容
第3章 発達障害と新しい障害の概念
発達障害という概念の発展/国際障害分類の試案/国際生活機能分類の考え方/新しい障害の概念と障害者福祉
第4章 人間的成長発達の特質
人間を形成するもの/人間的成長発達の量的側面と質的側面/人間的成長と“自我”の発達/他律から自律・自立へ
第5章 発達支援と自立支援
人の発達と自立について/発達支援と教育プログラム/自立支援と福祉サービス/福祉の意義と教育の意義
第6章 障害者支援の動向と課題
発達障害者支援法の施行について/障害者自立支援法の施行について/特殊教育から特別支援教育へ/古くて新しい課題
日本の障害児(者)の教育や福祉をめぐる問題、課題を考察し、今後を展望
田研出版 3190円 A5判 316頁
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